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神奈川新聞と戦争
(176) 1943年 「悠久の大義」の真意

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年4月25日(日) 05:00

「悠久の大義に生きん」と本文にある1943年11月22日付の記事

 「出陣学徒へ贈る餞(はなむ)け」と題し、近藤壌太郎知事の談話を紹介した1943年11月22日付の本紙記事には、学徒出陣のキーワードが繰り返し用いられた。「悠久の大義」である。

 リード文には「悠久の大義に生きんと、米英撃滅の一途に邁進(まいしん)する出陣学徒への餞けの言葉にも烈々の日本精神が脈々と流れてゐる」とあり、談話にも「三千年の歴史に輝く我が国体のしからしむるところ、諸子の身内に流るゝ悠久の大義に生きんとする力である」と記されていた。

 近藤の言葉から分かるように「悠久の大義」とは天皇を頂く国家体制(国体)を指し、そこに「生きんとする」とは、国のために戦死することを意味した。

 戦争を通じて、この言葉は人々を束縛し続けた。

 同年10月、神宮外苑で行われた出陣学徒壮行会で、東条英機首相は「諸君が悠久の大義に生きる唯一の道」と訓示。沖縄戦最末期の45年6月には、陸軍大将の牛島満が「諸子よ、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」と打電して自決し、後に続く非戦闘員の集団死の一因ともなった。

 とりわけ学徒出陣の文脈で多用されたこの言葉は、単なるスローガンではなかった。幅広い知見を持つ当時の数少ないインテリだったはずの学生に響いたのは、この言葉に理論的背景があったからだった。

 40年に発行された「歴史的現実」という100ページ余りの小冊子がある。著者は京都学派の中核をなした哲学者で、京都帝大教授を務めた田辺元(1885~1962年)。前年の連続講義の速記録である。

 田辺は日中戦争が泥沼化していた当時を「危機の時代」と位置付け、天皇制国家のために「生死を超越する」意義を説いた。

 この講義録は、学生の間でベストセラーになったという。作家の佐藤優は著書「学生を戦地へ送るには─田辺元『悪魔の京大講義』を読む」で、田辺の理論が学生の特攻死を正当化したと指摘する。大義のない戦争と植民地化をも正当化する「知的操作」だった。

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