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神奈川新聞と戦争
(180) 1943年 偽りの「永遠の生命」

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年5月23日(日) 05:00

1943年11月23日付の本紙に掲載された横浜連隊区司令官の談話

 本紙が「出陣学徒へ贈る餞(はなむ)け」と題する談話を4回にわたり連載したのは、学徒出陣を目前に控えた1943年11月下旬。初回の近藤壌太郎知事に続き、同月23日には県内を管轄する陸軍横浜連隊区の平岡力司令官の言葉を紹介した。

 その内容は、徴兵事務を担当するだけあって実務的だった。「元来軍隊といふところは、戦争を目的とするところであり」「家庭、学校、会社等の優しい感情は、この際一応棄(す)てゝ」「軍隊の教育の根本は、軍人精神の涵養(かんよう)と、軍紀に馴致(じゅんち)すること」など、学生生活との決別を促した。

 とはいえ、やはり強調されたのは精神主義だった。平岡も近藤と同様に「悠久の大義」を口にした。「死生を超越して心身一切の全力を尽(つく)し従容として悠久の大義に生きるを歓(よろこ)びとして、学徒諸君が近き日入営して、第一線に立つ」「生死を超越して心身を捧(ささ)げて悠久の大義に生きんとする学徒諸君」といった具合だ。

 哲学者田辺元の講演録「歴史的現実」などを通じ、学問的なお墨付きを得た「悠久の大義」のフレーズは、こうして再生産されたわけである。翌24日に掲載された半井清横浜市長の談話にも見られる。

 「いま、その日が来たのである。光栄に満ちたる出陣の日が来たのである。勇躍学窓を出(い)でゝ国難に赴き、祖先の遺風たる悠久の大義に生くるの道が拓(ひら)かれたのである」

 「祖先の遺風」という歴史を連想させる語句が、まさに田辺の講演録に重なる。「歴史に於(おい)て個人が国家を通して人類的な立場に永遠なるものを建設すべく身を捧げる事が生死を越える事である」の一節だ。

 あえて歴史という大きなスケールを持ち出すことで、個人の尊厳を度外視する論法といえるだろう。

 談話で半井は、万葉集の防人(さきもり)の歌「今日よりは返り見なくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つ我れは」を挙げた。「醜の御楯」は天皇の盾となることを意味する。

 「この古代日本の防人の歌は、現代日本の民草の胸奥に烈々として純忠無二の心である。皇国の歴史のあらん限り脈々と流るゝ精神である」と自ら解説したように、これも「悠久」の思想の一端といえる。

 血みどろの戦場で一人一人の生命が奪われる現実は、ことごとく「生きる」と偽って表現された。

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