1. ホーム
  2. 連載・企画
  3. 連載
  4. 神奈川新聞と戦争
  5. (172) 1943年 植民地の学生も戦地へ

神奈川新聞と戦争
(172) 1943年 植民地の学生も戦地へ

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年2月14日(日) 05:00

朝鮮、台湾の学生の志願兵制度を報じた1943年10月20日付本紙

 学徒出陣とは大学や大学予科、高校、専門学校など、高等教育機関の学生に限り認められていた徴兵猶予(徴兵延期)の“特権”を停止し、在学のまま兵役に就かせたことをいう。その勅令は1943年10月に公布され、同月25日以降、臨時徴兵検査が実施された。入隊は同年12月だった。

 「文科系学生が徴兵された」との説明がしばしば見られるが、厳密には正確でない。軍事に関わる技術者として温存すべき理系の学生は、確かに兵役から外れたが、徴兵検査は受けさせられた。その上で「入営延期」となったのだった。

 蜷川壽惠著「学徒出陣」によると、この時に徴兵検査を受けた学生は9万人に上り、約半数が入隊したと推定されるという。公的資料が残されておらず、正確な数は分からない。

 同年10月20日付本紙に「米英撃滅の雄叫(おたけ)び 学徒軍出陣に餞(はなむ)け」と題した記事が載っている。「相模原大平野を一大決戦場とする県下青年学徒の連合大演習」が2日にわたり行われる、という内容だ。東西両軍に分かれ横浜、厚木から北上し、野営を挟んで高尾山麓で白兵戦を展開、という大規模なものだった。

 「学徒軍出陣に餞け」とあるように県内の大学、大学予科、専門学校など6校に在籍する入隊前の学生が、30校の中学生とともに参加。集まった学生、生徒は8千人に上ったという。

 同日の紙面には「朝鮮台湾 両学徒にも特典」と題した記事も掲載された。「高等専門学校以上に在学する朝鮮、台湾同胞学生に対しても陸軍特別志願兵採用の方針を決定」とある。「学徒出陣」に合わせた植民地向けの施策だった。

 当時、日本統治下にあった朝鮮半島と台湾の住民には、兵役は課されていなかった。記事は彼らを「同胞」と称揚し、この志願兵制度によって内地の学生と同じく「軍幹部として第一線に起(た)つ機会」が与えられる、と巧言を弄(ろう)した。

 だが実際は「志願」には程遠かったという。前掲書は警察も動員した「学校や地域ぐるみの執拗(しつよう)な勧誘」があったと指摘する。「ほぼ強制に近い形」も存在したという。敗色濃厚にあった軍は、なりふり構わず若者を戦地に送った。

神奈川新聞と戦争に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

連載に関するその他のニュース

アクセスランキング