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神奈川新聞と戦争
(173) 1943年 明治天皇の短歌の意味

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年2月21日(日) 05:00

隊列を組む学徒兵の写真とともに横浜専門学校の壮行会を報じた1943年11月20日付本紙

 1943年10月に徴兵猶予が撤廃された大学や専門学校、高校などの学生たちは順次、徴兵検査を受けて12月に入隊した。その約2カ月間に、彼らを送別する催しが各地で開かれた。よく知られるのは10月21日に東京・明治神宮外苑競技場で行われた「出陣学徒壮行会」だが、本紙をひもとくと、地域の小規模な集会があったことも分かる。

 「この歩武決戦場へ 征(ゆ)け我(われ)らの学徒兵」の見出しは、同年11月20日の記事。「出陣の日を旬日の後にひかへて決戦参加に意気いよ〱軒昂(けんこう)たる横浜専門学校の学徒兵〇〇名の壮行会」を伝えた。横浜専門学校は現在の神奈川大(横浜市神奈川区)で、出陣学徒の人数は伏せ字にされた。

 記事には修飾語がこれでもかと連ねられた。「広い講堂にズラリと整列する其(そ)の逞(たくま)しい顔、キツと結んだ唇、らん〱と光る目、心に沸(たぎ)るものはただ敵米英必滅の決意のみである」

 「通ひなれた懐(なつか)しの校門は直ちに血戦場へ続くと思へば学徒兵の胸はまた一(ひと)しほ緊張するのだつた」「在校生、市民の破れるやうな歓送に送られ粛々たるこの隊列─ビルマへ、大陸へ、ニユーギニアへ、さつ〱と鳴る力強いこの歩武─いざ征けわれらの学徒!」

 記事によると、会では「宮城遙拝(ようはい)」などに続き、校長が明治天皇の短歌「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」を読み上げ「烈々たる餞(はなむ)けの言葉」とした。

 「僕らもあとから必ず征く」という在校生の送辞、出陣学徒の「尽忠報国、誓つて大君のため殉ぜん」との答辞が痛々しい。会には近藤壌太郎知事や半井清横浜市長も列席し祝辞を述べ、閉会後には知事の「親心こもるお汁粉の御馳走(ごちそう)」が振る舞われたという。

 校長が「謹誦(しょう)」した短歌は、有事にこそ大和魂が表れるといった意味だ。日露戦争の際に詠まれた歌だが、安倍晋三前首相が2019年の施政方針演説で引用し、批判されたこともある。

 「大君のため殉ぜん」と若者に言わせた壮行会で象徴的な役割を担ったこの歌の歴史的文脈は、時を経ても消えることはない。

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