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神奈川新聞と戦争
(171) 1943年 「中学生の道」の先には

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年2月7日(日) 05:00

「中学生諸君へ」と題した1943年10月19日付本紙1面のコラム

 1943年10月19日付の本紙1面に「中学生諸君へ」と題したコラムが掲載された。「諸君の先輩は学業を卒(お)へるとともに陸に海に大空へと飛びたつて征(い)つた。また徴兵延期停止の在学生は来る廿(にじゅう)五日から徴兵検査を受け、学業なかばにして醜(しこ)の御楯(みたて)となつていで征くことになつた」

 「醜の御楯」とは、天皇の盾となって敵から守る者を指す。コラムは次のように続く。「諸君に時局認識を改めて説く必要はない、清純にして敏感な諸君はこれ等(ら)のことがどのやうなことを意味するかをよく了解し、それに対する心構へも出来てゐる筈(はず)である」

 励ますような一節がある。「商業に関係を持つ学生が、男子就業禁止によつて自分の学問に疑問を持つやうなことがあつてはならぬ」。これは、軍需産業に労働力を集約するため、店員や駅員など、重労働が比較的少ない職種への男子の就業を制限した政策に対してだ。コラムは「如何(いか)なる職場に立つにせよ、無用な学は決してないのである」と学ぶ意義を強調した。

 あるいは、若者の「感じ易(やす)い心」に寄り添うような一節もあった。「『僕達(たち)も何かせねばならない』といふ焦り」(つまり早く戦場に赴かねば、という焦り)があるかもしれないが、「学生は学生としての本分を守ること」である。

 それだけを見れば、戦時にありながら、冷静でまっとうな主張のように読める。だが、そうではない。

 この年、5年制だった旧制中学の修業年限が1年短縮された。生徒を軍需産業や食料生産に従事させる勤労動員の期間も、1年の3分の1にまで拡大された。

 コラムは「学業の期間は愈々(いよいよ)短かくなる」と認めながらも、くぎを刺すのだった。決して「学力の低下、能力の低下を来たさぬやうに」。そして、万一にも「此(こ)の措置により学業を疎(おろそ)かにする者があつたら大きな間違ひである」と。

 「心構へ」とは、そういう意味だ。授業時間が短くなった分は個人の努力で補う。成績を落としてはならぬ。「中学生としての道を歩めばそれでよいのだ」と結んだコラムの真意は、冒頭に挙げた「学業を卒へるとともに陸に海に大空へ」と赴いた先輩の後を追う、ということだっただろう。「中学生としての道」は学問でも商業でもなく、学徒出陣に続いていた。

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