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神奈川新聞と戦争
(165) 1943年 「菜っ葉も主食物です」

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年12月27日(日) 05:00

「これで勝てるか?」と題した寿屋の広告=1943年11月19日付本紙

 寿屋(後のサントリー)のシリーズものの広告は、1943年末にかけても続いた。11月はクエスチョンマークをあしらった「これで勝てるか?」。12日付では「一人一人がもつ愛国の赤誠に甲乙はなくとも、ばらばらでは何にもならぬ。一億の愛国心がただ一つに組み立てられ、一つの生きもののやうにはたらくのでなければ本当でない」と精神の統合を訴えた。

 16日付は「一切の、いままでの考へ方、行き方をご破算にしやう。我々は戦つてゐるのだといふことを、身に染みて考へなほさう」と戦時の“新しい日常”を説いた。19日付も同様。「銃をもつて、敵と対峙(たいじ)するだけが戦争ぢやない。筆をもつものは筆で、鍬(くわ)をとるものは鍬で、鎚(つち)をふるふもの鎚で」と、総動員の精神を繰り返した。実際、新聞記者は戦争のために「筆」を執ったのである。

 この年の10月、兵力不足を補うため文科系学生の入隊猶予が撤廃され、東京・神宮外苑で出陣学徒壮行会が開かれた。12月1日付の仁丹の広告は、学徒兵の挿絵に「今ぞ御(み)楯(たて)といで立つ学徒」の見出し。「御楯」は天皇の兵を意味する。

「こんな考へは早く改めたい」と生活の切り詰めを求めた寿屋の広告=12月14日付本紙

 銃後の引き締めは必至だった。こうした状況にあって、寿屋は戦時に適した価値観への転換を促す「こんな考へは早く改めたい」のシリーズを展開した。

 同月10日付は「くらし方」。米不足に苦労する人に対し「これまでの暮し方に工夫や、努力や、用意の欠けてゐたと思はれる節が沢山(たくさん)ある」と非難した。12日付では「百円儲(もう)けたら百円だけ使つていいといふ考へ方は(略)今日のものではない」と、財産を投げ出し戦費に充てることが「今日」の価値観だとした。

 極め付きは14日付の「ご飯におかず」。いわく「お米だけが主食物で、あとはおかず、なぞと思ふのは近頃のん気すぎます。大根でも、菜つ葉でも、みんなりつぱな主食物に他なりませぬ」。まさにレトリック(巧言)。米不足の現実に変わりはないのに。

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