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神奈川新聞と戦争
(163) 1943年 「貯蓄の余り」で暮らせ

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年12月13日(日) 05:00

よくかんで食べることが「節米」になるとした寿屋の広告=1943年8月7日付本紙

 山本五十六連合艦隊司令長官の戦死とアッツ島の日本軍全滅が相次いで報じられた1943年5月下旬、本紙は悲壮感に満ちていた。寿屋(後のサントリー)の広告は、例えば6月10日付は「なまじひの批判や議論が何の役に立つ。みんなが、何も彼(か)も忘れ、小さな『我』を捨て」と戦局悪化への批判をかわし、挙国一致の機運を醸成した。

 そして、その後は従来のように銃後の読者に向け、生活面での戦争協力を、視線を低くして訴えた。

 同11日付の広告は、戦費調達のため270億円の目標額が設定された貯蓄運動が題材。「貯蓄は収入から生活費を引いた残りでするものだといふ考へを捨てなければなりませぬ」「貯蓄の余りで暮しを賄へ!」と無理難題を要求し、「私」を捨てることが「総力戦の真面目」だと説いた。目標額という数字は「真面目」という倫理に化けた。

 「工員諸君!」と題した7月9日付の広告は「ありがたう ほんとうに 御苦労さまです 大切な腕です 身体です 怪我(けが) 誤(あやま)ちのないやうに 心からいのるばかりです!」と、軍需産業の労働者をたたえた。だが純粋なねぎらいではない。「腕」は国家の重要な「資源」なのであり、ここでも個人は切り捨てられた。

 「捨身奉公」「非常増産引受けた よしきた やるぞ 頑張るぞ」(同15日付)などと強調された滅私の思想は、精神主義と背中合わせだった。同11日付の広告は次のように説く。

 「とぼしくとも、まづくとも、血の通つた、心のこもつたお手製の慰問品だけが兵隊さんをこころから喜ばせ、ほんとうに慰めることができるのだ」

 物不足で贈るべき物にも事欠く現実を「心」でごまかす。そして精神主義は非科学の横行も許していく。

 「極端なはなしが、水でさへ嚙(か)んでのめといふ。御飯をよく嚙んで、口の中にある間にできるだけ細かにしてやれば、暑くて、はたらきの鈍つた胃腸も大助かり、楽にこなれ、タツプリ栄養がとれ、しかも少しの量でお腹(なか)が一杯、節米にもなる。それこそ、お金で買へない一石二鳥の得になる…」(8月7日付)

 かむことが満腹感を高めるといわれるとはいえ、現実はお金を出しても食料を買えなくなりつつあった。

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