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神奈川新聞と戦争
(161) 1943年 貢献強いた「親ごころ」

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年11月29日(日) 05:00

くわの絵をあしらい「この親ごころ無にするな」と訴えた寿屋の広告=1943年5月18日付本紙

 戦局が悪化し、物や食料の不足が市民生活を圧迫しつつあった1943年前半、紙面は生産力の向上を訴える記事や広告にあふれた。寿屋(後のサントリー)が献納広告で読者に訴えたのは、献身だった。

 4月12日付の「誰にもできる戦力増強」は次のようにつづられた。「動力も資材もそれを働かす人手があつてはじめて戦力になる。その肝腎(かんじん)な人手も健康者であつてはじめて役に立つ。だから戦力増強の根本はそれに携(たずさわ)る各自の健康にある。鍛へよう!」

 動力や資材が欠乏する現実に目を背け、「人手」こそが戦力だとすり替え、個人を「員数」として十把ひとからげにした。健康でなければ価値はない、との優生思想もうかがえる。

 同14日付の「生み出す生活」は、家庭菜園の挿絵を添えて呼び掛けた。

 「消費する一方だつたこれまでのくらし方を改めて、生み出す生活を工夫しやう。年寄りは年寄りで主婦は主婦で子は子で一家をあげて生み出さう。それぞれの分に応じて、戦争に必要な何かを生み出さう」

 消費者から生産者への転換が、総動員体制下、国家への貢献だった。

 あぜ道を図案化し「増産! 田も畑も農家の戦場」と題した5月16日付の広告は「△麦の病害予防に手落ちはないか△麦のあとには甘藷(かんしょ)を植付けよう△甘藷は千貫とりを目標にしやう」と具体的に提示した。病害や収量のプレッシャーは重かったに違いない。

 同18日の広告は「農家よ この親ごころ無にするな」の見出し。「お米の値段が改正になつたその心がどこにあるか、今更言はないでもわかつてゐます。値上げを喜ぶのは私ごとです。喜ぶより前に、まづ農林当局の気持を察し国のことを考へなければ相済みますまい。増産です。これが、当局の親ごころへの、ただ一つの答へです。明日からとも言はず、たつた今から、やつてください」

 行政の施策は「親ごころ」である─。国民は国家の所有物だという父権的な天皇制国家の思想が、ここに明確に表れている。

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