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神奈川新聞と戦争
(162) 1943年 「玉砕」戦意に転ずる

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年12月6日(日) 05:00

山本五十六の戦死を受け敵対心をあおった1943年6月6日付本紙の寿屋の広告

 「今度といふ今度こそ」とは1943年6月6日付の本紙に掲載された寿屋(後のサントリー)の広告の見出しである。

 「『米英必殺』は単なる売言葉に対する買言葉乃至(ないし)希望ではない。『必勝』が、只管(ひたすら)、聖慮を安んじ奉(たてまつ)らんとする一億不動の信念であるなら、『米英必殺』は一億尽忠の行動に他ならない。山本元帥の戦死こそ何よりも雄弁にそれを物語るではないか。今度といふ今度こそ『米英必殺』を単なる言葉に終らしめるな」

 山本元帥とは連合艦隊司令長官の山本五十六海軍大将を指す。5月21日の大本営発表で戦死が公にされ、本紙は翌日の1面トップで「前線で機上指導中の山本連合艦隊司令長官戦死/敵機と交戦壮烈なる散華(さんげ)」と報じた。元帥は死後与えられた称号。戦死したのは4月18日で、事実は1カ月以上も伏せられていた。

山本五十六の戦死を伝えた1943年5月22日付本紙

 旬日を経ず、同30日には北太平洋アリューシャン列島のアッツ島での日本軍全滅が発表された。翌日の本紙の見出しは「傷病兵は全部自決/アツツ島の皇軍玉砕/山崎大佐以下二千数百名」だった。「玉砕」と称して国民に全滅が伝えられた最初の例である。

 相次いでもたらされた戦局悪化を象徴するニュースは衝撃的だった。新聞は連日、大々的に報道した。

 東京・日比谷で行われた山本の国葬を、6月6日付本紙は「東天の巨星・皇土の上に」「決意新たに一億敬弔」と厳かに伝え、県内版でも「痛惜を乗り超えて/街に村に挙(こぞ)る“この決意”」と、戦争遂行の「決意」が国民の総意であると強調した。アッツ島の戦いについても、例えば同5日付の紙面で「銃剣と鉄拳で激闘/壮烈なるアッツ神兵の最期」と神格化した。

 さながら厭戦(えんせん)気分を敵対心に転ずるためのメディアイベントだ。寿屋の広告が訴えた「米英必殺」も、まさにその一環といえた。

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