
長年、美術館で自分の写真を展示することに反発があった。「権威的で威圧的な建物の中で、額に入れた写真を飾って鑑賞する。つまらないじゃないか」
だが近年、美術館での展示が続いている。東京の原美術館では館内で撮影したヌード写真を撮影したのと同じ場所に並べた作品展を行い(既に終了)、箱根町の彫刻の森美術館では、野外彫刻を大胆な視点で切り取った作品を展示中だ。
「美術館はくだらないなんて言えなくなっちゃった。美術館はいい!」とちゃめっ気たっぷりに笑う。
「篠山紀信展 写真力」は2012年の開幕以来、全国各地をまわり、横浜美術館が27会場目に当たる。館内で驚くのが写真のサイズだ。大きなものでは長さ9メートルと、壁や天井いっぱいに大きく引き伸ばされた画面から、100人を超える有名人らが魅力的な姿を見せる。
「巨大なホワイトキューブの室内で、写真の力にあふれたものを巨大に引き伸ばして見せる。インスタレーションといった方がいい。鑑賞ではなく体感。写真力と空間力のバトルだね」
展示しているのは、約50年にわたって雑誌や写真集などで発表してきた作品。華やかなスターがそろったが、自らの企画ではなく各媒体の注文に応じたものがほとんどだ。「50年も続けていると、時代が生んだ人たちが並ぶことになった」
「善意のカメラマン」と自称する。いい作品をつくってやるというより、メディアが求めているものをいい感じで撮ろう。そう思っていると「写真の神様がたまたまおりてきた」瞬間がくるという。
1970年代を代表する横須賀ゆかりのアイドル山口百恵の写真も、そんな作品の一つ。夏の夕暮れの湖で半ば沈んだボートにもたせかけた黒いビキニ姿の身が、光を浴びてきらきらと輝いている。

「ここに並んでいるのは、みんなそういうすごい瞬間のものばかり」。もっとも「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」のではなく、神様がおりてくるような準備は怠っていないと笑う。
「写真が、その時の自分や時代を思い起こさせる装置にもなる。時代が見えてくる。ぜひ自分の体を美術館の中に運んで感じてほしい」
お気に入り
休みの日は寝ていると断言し、趣味はないという。「お気に入りは、あした撮る写真だね!」とかっこいい。次に撮る写真が、どんなものになるかは分からない。あくまでも仕事としての依頼であって、媒体が求めているものを狙い通りに撮るだけ。「どんな写真になるかは、時代に聞いてもらいたい」。商業写真の世界をリードしてきた実力者だけが言える自信に満ちたひとことだ。
しのやま・きしん
写真家。1940年東京都出身。日本大学芸術学部写真学科在学中から広告制作会社ライトパブリシティ写真部で活躍。61年、日本広告写真家協会展公募部門APA賞を受賞し、脚光を浴びる。68年独立し、フリーとして活動。
「篠山紀信と28人のおんなたち」をはじめ「Santa Fe」など300冊以上の写真集を刊行。
66年日本写真批評家協会新人賞、70年日本写真協会年度賞、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。
横浜美術館(横浜市西区)で「篠山紀信展 写真力」を2月28日まで開催。問い合わせは同館電話045(221)0300。
記者の一言
「激写」のご本人をまさか激写することになろうとは。緊張する記者を気遣ってくれたようで、ありがたくも次々とポーズをとってくれる姿に親しみを感じた。寺の次男として生まれ、跡を継ぐ必要がなかった。何をやってもよかったが、希望する大学の受験に失敗して、初めて視野に入ってきたのが写真だったという。カメラ業界や広告などのグラフジャーナリズムが勢いのある時代だったから、と振り返る。以来、時代を表す人物を撮り続けてきた。「写真力」の会場には、2011年の東日本大震災で被災した人々のポートレートもある。「カメラの前に立ってもらってシャッターを切っただけ。でも写真にはその人の心境が表れていた。それも一種の写真の力だと思う」。ことばに被写体への愛情を感じた。