
神奈川新聞文芸コンクールは今年で49回を数え、来年は記念すべき50回の節目を迎える。この2回の短編小説の審査員を務めるのが、横浜ゆかりの直木賞作家。
本を読むこと、文章を書くことが好きで、小学生の頃に作家を志した。プロを目指して大学時代から文学賞に応募し、1990年に「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞してデビューした。
現在はすばる文学賞など数々の選考委員を務める。立場が変わって改めて「こんなに文学賞の多い国はほかにはなく、しかも日本の文学賞は本当にフェアだと私は思います。真剣かつ無欲に小説だけのことを考えて審査している」と実感している。
小説を書くこつは「とにかく本を読む」が持論だ。「自分の頭で考える小説は狭くて型にはまったものになりがち。ただ書くことの楽しさに浸るのではなく、書く世界や想像力を広げてほしい」。自身は多忙を極める現在でも月5~6冊は目を通す。書評の仕事などで「自分のストライクゾーンではない本」を読むこともまた、世界を広げる機会だ。
「作文と小説の違い」にも注意を促す。作文は「私」が見たものでよいが、小説は「一人称でも他者。たとえ自分そっくりな人を主人公にしたとしても、別の他者をつくらなければ小説にはならない」。

2003年に出版した恋愛小説「愛がなんだ」が今春、映画化される。片思いに走る主人公テルコ(岸井ゆきの)をはじめ、30歳前後の男女の心情を細やかに表現した作品だ。
「30歳になったとき、すごく年を取ったと思った。まだ若いとは思っていなかった」。そんな30代のときに書き上げた。しかし完成した映画を見て、「こんなに孤独を持て余して痛々しいくらいなのに、なぜか見ていてつらくない。それぞれの30代を必死で生きていて、せつないけどきれい」と感じたという。
約4年前から「源氏物語」の現代語訳に取り組み、上巻を17年9月、中巻を昨年11月に出版、下巻は今年11月の出版を目指す。「人間の能力を超えている仕事量」と焦りながらも、「源氏」に向き合ったことで、自身に生まれた変化に充実感もにじむ。
「長編に意欲が出てきた。これまで一人の人間の心理を細かく描いてきたが、俯瞰(ふかん)図や宿命のようなものを織り込み、何代にもわたる大きな物語を書きたい」。小説執筆から離れていたが、20年からは連載小説が始まる予定だ。「源氏」後の角田作品からも目が離せない。
かくた・みつよ 1967年横浜市生まれ。90年「幸福な遊戯」で作家デビュー。98年「ぼくはきみのおにいさん」で坪田譲治文学賞、2003年「空中庭園」で婦人公論文芸賞、05年「対岸の彼女」で第132回直木賞、07年「八日目の蝉」で中央公論文芸賞など受賞多数。映画「愛がなんだ」は4月19日から109シネマズ川崎ほか全国で公開。東京都在住。
記者の一言
作家と実際に会ってみたら、その人が書いている文章の印象と違った、ということが少なくない。だから、角田さんが作品から感じていた印象通りだったことにむしろ驚いた。取材がかなった上、本社文芸コンクールの審査員もお受けいただき、ファンの一人として楽しみが広がるばかりだ。
個人的に聞きたかったのがマラソンの話。40歳で走り始め、執筆で多忙を極めながらも週末はランニングを欠かさず、42・195キロを4時間台で走破。2011年の東京マラソンを皮切りに、近年は那覇マラソンをはじめ、海外を含めた旅先でも大会に出場しているという。横浜市出身だが横浜マラソンはまだ走ったことがないとのことなので、お薦めしておきました。
取材直後は刺激を受け、記者も走ろうと思ったのだが実行できておらず、マラソンでも角田さんの偉大さを感じている。