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川田広樹さんに聞く 「第二の故郷鶴見」から沖縄情報発信

K-Person | 神奈川新聞 | 2022年7月4日(月) 18:26

 今年は故郷・沖縄が日本に復帰して50年。その節目の年に放送されているNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」に、黒島結菜さん演じるヒロイン・暢子ら若者を見守る沖縄のハンバーガー店のマスター役で出演している。

 朝ドラ出演は、同じく沖縄が舞台だった2001年の「ちゅらさん」以来21年ぶり。「『ちゅらさん』に出させてもらって、(沖縄の)復帰50年の年にもオファーをいただいた。自分も50歳になるし、この作品に出られることは運命的」。出演を前に、沖縄で米ドルが使われていた時代のことを親戚らに聞いて当時の雰囲気をつかみ、バーのマスターをしている友人から役のイメージを作った。「今回は緊張もありながら、楽しみながら撮影できた」と、自身と同じく温かな人柄が伝わる好演を見せた。

 俳優としての出演に加え、別の大役も担っている。ドラマのもう一つの舞台、横浜市鶴見区の「『ちむどんどん』横浜鶴見プロジェクト」の公式アンバサダーだ=写真。プロジェクト実行委員会と共に、動画や交流サイト(SNS)などを通じて同区の魅力を発信。イベントにも積極的に足を運んでいる。

 沖縄にルーツを持つ人が多い鶴見には、そこに住む人との交流や沖縄料理を楽しみたくて、26~27年前からたびたび訪れていた。「上京して頑張っているウチナーンチュ(沖縄人)は、最初は鶴見か川崎に行く」。故郷でもあまり聞くことのない方言を聞いたり、珍しい食材があったり。
「沖縄というだけですぐに打ち解ける。1回会えばもう兄弟、みたいな意味の『イチャリバチョーデー』という言葉があるが、そういう沖縄の昔からある文化が今でも残っていて好き」

 その縁は、20年に鶴見と沖縄角力( すもう )をテーマにした映画「だからよー鶴見」(渡辺熱監督)に主演してさらに深まった。何度も鶴見に通い、ハードなスケジュールだったが「鶴見の人たちが本当に温かかった」と振り返る。後に渡辺監督が手がけた舞台に出演したときには、大阪の自宅を離れて1カ月ほど鶴見で暮らした。「映画をきっかけに鶴見の人とさらに濃く、仲良くなって、もっと頻繁に行くようになった」と笑顔を見せる。

 今では「鶴見は第二のふるさとのようになっている」という。「『ちむどんどん』の放送で、みんなが活気づいているのが伝わってくる。もっと盛り上げていければ」

かわた・ひろき
 お笑いタレント。1973年沖縄県生まれ。22歳で上京し、中学時代の同級生だったゴリさんと95年にお笑いコンビ「ガレッジセール」を結成。ツッコミ担当。映画や舞台などで俳優としても活動する。沖縄県の「美ら島(ちゅらしま)沖縄大使」なども務める。

記者の一言
 1972年前後生まれの子どもたちは、沖縄で「復帰っ子」と呼ばれてきた。川田さんもその一人。「お年寄りの生の声は、あと何年聞けるのか。節目の年にきちんと聞きたい」と、沖縄戦の経験者から話を聞き、ドキュメンタリー映画を製作する活動に参加した。  最初は何も話してくれなかったが、繰り返し通ううちに口を開いてくれた人、戦後70年が過ぎた今も、過酷な体験が「夢に出てくる」という人…。「子どもや孫、後世に伝えなければ」という。映画は今秋に完成予定。「命より大切なものはないと、沖縄から発信したい」。穏やかな表情の中に、“復帰っ子”の決意が見えた。

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