コミカルな登場人物や軽妙な文体が笑いを誘う「ユーモアミステリー」のヒットメーカー。2011年に第8回本屋大賞を受賞した「謎解きはディナーのあとで」は映像化もされ、若いファンが急増した。その後も、幅広い世代が楽しめる話題作を次々に発表している。
昨年末、JR南武線沿線を舞台にしたシリーズ「探偵少女アリサの事件簿」の最終巻となる3冊目を刊行。武蔵新城で便利屋を営む31歳の橘良太と、探偵を両親に持つ10歳の天才美少女・綾羅木有紗(あやらぎありさ)のコンビが魅力的な作品だ。沿線で起きる事件を解決する過程のみならず、2人が周囲のキャラクターと交わす会話が楽しい。「ユーモアミステリーには会話が必須だから、自然とバディものが多くなる。有紗は驚異の推理力を持つ完璧な美少女ではなく、10歳らしい無邪気さもあるというギャップを意識しました」
武蔵新城には大学卒業後に就職した会社の社員寮があり、自身も約3年間住んでいた。「昭和の面影を残す商店街があり、面白い街だという印象があります」と懐かしそうに振り返る。シリーズを通して南武線沿線の個性豊かな街が描かれるが、最終巻には川崎駅前の銀柳街が登場。「僕が川崎駅を使って新橋に通勤していたころはラゾーナ川崎なんてなかった。この作品を執筆する中で久々に川崎を訪れましたが、変貌ぶりに目を見張りました」と驚きを隠さない。
小説を書き始めたのは会社を辞めてアルバイトをしていた20代後半。綾辻行人に代表される新本格ミステリーの作品群に魅了されたことがきっかけという。「アマチュア作家として短編を書いている中で、自分にはユーモラスな作風が合っていることがわかった。他の作家と競合もしないかなと思ったんです」と笑う。
現在、国内の推理作家の団体「本格ミステリ作家クラブ」の第5代会長を務める。「ここ数年、本格ミステリーに勢いがある。昨年も米沢穂信さんの『黒牢城』が大きな話題になるなど、豊作の年でした」と楽しそうに語る。「ユーモア、本格、社会派、と10年ごとにミステリーのトレンドが変わる」というのが持論だ。「ユーモアミステリーの『謎解きはディナーのあとで』から約10年が経過し、今は本格ミステリーが優勢。31年ごろには第二の横山秀夫さんみたいな人が登場して、社会派ミステリーが流行しますよ、きっと」と「予言」する表情はミステリー愛に満ちていた。
ひがしがわ・とくや 作家。1968年広島県出身。2002年、カッパ・ノベルスの新人発掘プロジェクト「Kappa‐one」第1弾に選ばれた「密室の鍵貸します」でデビュー。11年「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞を受賞。「交換殺人には向かない夜」「放課後はミステリーとともに」「ハッピーアワーは終わらない かがやき荘西荻窪探偵局」など著書多数。
記者の一言
鎌倉を舞台にした「安楽ヨリ子シリーズ」や「平塚おんな探偵の事件簿シリーズ」など、県内を舞台にした作品も数多く発表している東川さん。「伊勢佐木町探偵ブルース」の主人公である探偵・桂木圭一はなんと神奈川新聞の愛読者という設定。伊勢佐木署に勤務する義弟との絶妙な距離感がクスリと笑えるおすすめの一作だ。「神奈川が舞台の作品が増えちゃったんだけど、伊勢佐木町探偵ブルースは1作しか書いていないから続きを書きたいと思っているんですよね」との言葉に熱く期待しつつ、続編を待っています!
東川篤哉さんに聞く 会話も魅力的 南武線舞台ミステリー
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「探偵少女アリサの事件簿 さらば南武線」 (幻冬舎/1540円) [写真番号:1151991]
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