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辻堂ゆめさんに聞く 心情掘り下げ新境地 読後感温か

K-Person | 神奈川新聞 | 2021年10月3日(日) 13:00

 1964年と2020年、二つの東京五輪を背景に親子三代の人間ドラマをつづった「十(とお)の輪をくぐる」。認知症の母、万津子がつぶやいた「私は……東洋の魔女」の意味をいぶかしむ泰介を主人公に、妻とバレーボールの日本代表入りを夢見る高校生の娘との暮らしぶりを、五輪直前までの設定で書いた。「文芸誌で連載していたのはコロナ禍の前。五輪の延期が決まった際は、原稿を書き終わって、その先を思い描いた世界がもうない、とショックでした」と現実との悩ましいずれを振り返る。

 泰介らの現代生活と交互に書かれるのが、万津子の過去だ。10代の万津子が熊本から集団就職する愛知県の紡績工場や、結婚後に暮らす福岡の三井鉱山の住宅での様子が生き生きと描かれる。

著書の「十(とお)の輪をくぐる」(右)、最新作の「トリカゴ」(左)

 「祖母が福岡県大牟田市の出身で、身近な人に集団就職の話などを聞ければと思ったら、『ひいおじいちゃんは三井鉱山の社員だった。職員住宅にも住んでいたよ』と聞いて驚きました」

 それまで知らなかった若かりし頃の祖母の体験を作品に取り入れ、大牟田弁の監修もしてもらった。刊行後には今までの著作の中で「一番好き」と言い、元気に過ごしていた祖母だったが、21年9月に急逝した。享年80。「このタイミングで話を聞いて書けたことが本当によかった、と改めて思いました」

 初めての非ミステリー作品であり、登場人物の心情を丹念に掘り下げた。「ミステリーだと謎の解明や伏線の回収に追われるところがある。それを気にせずに最後まで登場人物の心の動きに集中できた。人を書くことで、自分の中で一つステップを上がったと感じました」

 最新作の「トリカゴ」では、その経験を生かし、育休明けの女性刑事を中心に、幼児誘拐と無戸籍者を巡る複雑な事件を題材に、重厚な人物群像を描ききった。「無戸籍について好奇心から調べ始めましたが、戸籍の取得には厳しい条件があり、社会的な問題として広まっていないのが実情」と問題提起した。

 いずれの作品も読後に広がる温かさが特徴だ。「力をもらえたり、前向きになれる小説が好き。希望や余韻を感じてもらえるような作品を書いていきたい」

つじどう・ゆめ
 作家。1992年、藤沢市生まれ。湘南高校を経て、2015年東京大卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞した「いなくなった私へ」(「夢のトビラは泉の中に」を改題)で、東大在学中の15年にデビュー。著書に「あなたのいない記憶」「コーイチは、高く飛んだ」「悪女の品格」「僕と彼女の左手」「卒業タイムリミット」「あの日の交換日記」など多数。近著に「十の輪をくぐる」(小学館、1870円)、「トリカゴ」(東京創元社、1980円)。

記者の一言
 「出身地である藤沢市辻堂にちなんだペンネーム。文学賞の応募時、藤沢と辻堂で悩んだが「藤沢は既に有名な方々がいらっしゃる」と辻堂に決めたという。子どもの頃と比べて「果たして同じ場所なのか」と思うほど激変した辻堂駅周辺。実家に帰ると地元をぶらぶらするそうで「テラスモール湘南の書店、有隣堂さんは地元作家として棚を作って取り上げてくれる。ありがたいです」とほほ笑む。多彩なテーマを巧みにミステリー作品にし、周到に仕掛けられた謎が、そうと意識されないまま読み手を引き付ける。柔らかな魅力とでも言おうか。取材時は第2子を妊娠中の辻堂さん。「トリカゴ」には育児中の経験が反映された描写もあり、幅広い視点と好奇心が多様な作品につながっていることが垣間見えた。

 
 
 
 

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