2009年に作家デビューし、今年で12年目。若者の輝きや情熱と同時に、劣等感や自己顕示欲という苦みもクリアに描き出す、青春小説の名手だ。近年の作品では、現代人の中に静かに巣くう闇に肉薄。矛盾や欺瞞(ぎまん)をはらみつつ変化する社会のありようをもあぶり出している。
作家生活10周年を記念した最新作「正欲」は「ずっと書きたかった」という人間の欲望をテーマにした力作だ。物語の主な舞台は横浜。市内の公園で水遊びに興じる男児の様子を撮影し、児童ポルノを製造したなどの容疑で3人の男性が逮捕されたという「事件」が冒頭で語られる。その出来事の背景を複数の登場人物の視点から解き明かしていく構成だ。
「人間を生かすものを探りたい。ポジティブな感情で結ばれたパートナーや家族を『自分を生かすエンジン』とすることが多い社会の中で、そこに当てはまらない人間が『生きる』を選ぶきっかけになるものを見つけたい」という思いが物語の出発点。「『生のエンジン』は過去の作品にも底流するテーマだったことを意識できたし、今後も探り続けるテーマだろうと感じられた作品になりました」
物語には「まとも側の文脈に入れ込める程度の異物」しか想定していない「多様性」社会で、とある欲望を持つ人物たちが登場する。諦観と孤独を抱えて生きる彼らの叫びには、何かと乱用されがちな「多様性」という言葉の意味を考えさせられる。「多様性とは種類がたくさんあるという状態のこと。つまり多様性が先にあって、私たち人間はあとから来た。受け入れるとか拒否するとか、そういう次元のものではない。自分の想像力の限界を突きつけられもする言葉のはず」
読者を揺さぶるような問いを投げかけつつ、優しい光も感じさせる同作。物語に込めた思いについて言葉を尽くして語る姿からは、表現者として社会と切り結んでいく覚悟が伝わってくる。
作品に関するどんな感想も受け止めるが、その根底には読者への信頼がある。「受け手が何かを感じるところまでが創作だと思う」。しかし近年は、作品の一つの側面だけを切り取られて作者が非難されるなど、創作物の受け止められ方の変化を如実に感じる。「教育が機能しているからこそ、差別や犯罪行為を描いた創作を送り出せる。創作の自由は、社会を構成するさまざまなものが、各役割を全うしているという前提の上にある。その前提が揺らいでいるのかもしれません」
あさい・りょう 小説家。1989年岐阜県生まれ。2009年「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年、「何者」で第148回直木三十五賞受賞。同年「世界地図の下書き」で、第29回坪田譲治文学賞受賞。ほか著書に「チア男子!!」「武道館」など。作家生活10周年記念として20年10月に「スター」、21年3月に「正欲」の2冊を発表した。
記者の一言
高校時代、バレーボール部に所属していた朝井さん。社会人になってからも、藤沢市の鵠沼海岸で開催されているビーチバレーボール大会に参加しているという。「ここ2年間は中止になってしまいましたが、ずっと夏の恒例行事でした。3位を獲得したこともありますよ」と楽しそうに語る。「海なし県で育ったので、海と高校生の組み合わせを書いてみたかった」という小説「星やどりの声」は、湘南を想起させる海辺の街が舞台。家族の絆に心が温かくなる、個人的おすすめ作品の一つです。
朝井リョウさんに聞く 今後も探り続ける「生のエンジン」
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「正欲」(新潮社/1870円) [写真番号:1152351]
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