芥川賞を受賞した「破局」(河出書房新社、1540円)。ストイックに自己を管理する大学生の陽介が、セックスや不条理な人間関係を通して破綻していく姿を一人称でつづった。奇妙な読後感が残るのが特徴だ。「変わった小説と評されるのはうれしい。今までにないということだから」
デビュー作の「改良」では、美しくなりたいと女装する男性を襲う理不尽な暴力が描かれた。普段の生活で女性が遭遇する危険性と通じるものがある。「女性の中には、男性が近くに立っているだけで恐怖を感じたり、何か嫌な感じを受ける方もいると思う。そういう普段から考えているようなことが、形をとったといえる。自分が、恐怖や嫌な感じを与えているかもしれない、という意識は忘れないようにしたい」という。
執筆に当たっては、小説を読み慣れていない人や中学生でもすらすら読めるように、難しい漢字を使わず、一文を短くするなど、平易な文章を目指している。
小説を初めて書いたのは大学3年生。「夜、目覚めたら、人が世界からいなくなっている。探し歩いて、空に向かう長い階段を見つけて上っていく。そんな話です」と明かす。書き始めた頃は「最初から何の道しるべもない中で書くのは非効率」と、さまざまな作家の文章を読みあさり、夏目漱石を手本にした。「誤解されやすいが、漱石が好きだというわけではない。場面転換の仕方などを、どうしているのかと勉強した」と淡々と話す。
10月に発売された文芸誌では、ロックバンド「BUCK-TICK」のボーカル櫻井敦司さんと対談し、親子関係を明らかにして話題になった。「創作論など、ああいう場じゃないと聞けないこと、話せないことが出せたのはよかった」
現在、3作目を執筆中。超能力バトルを描くファンタジーだという。実は4作目のプロットも出来上がっている。芥川賞のプレッシャーはない。「まだ私は成長期で、もっと面白くなる。そう言うと、これまでの作品を読んでくれなくなりそうなデメリットがありますが。『破局』以上のことは、まだまだ書けます」と自信を見せた。
とおの・はるか
作家。1991年藤沢市生まれ、東京都在住。慶応義塾大法学部卒。2019年、「改良」で文藝賞を受賞しデビュー。20年、公務員志望の男子大学生を主人公に、抑制が効いているように見えながら破綻へ進んでいく危うい暮らしぶりを描いた「破局」で芥川賞受賞。
記者の一言
最初にストーリーを考えるより「ぶつ切りのシーンが浮かんできて、それをつなげていく」タイプだという。「破局」で最初に描いたのは、少女が自転車に乗って男から逃げるシーン。生まれ育った藤沢の大庭や学生生活を送った横浜の日吉といった、よく知っている場所がモデルになったと振り返る。藤沢市立駒寄小、大庭中で学んだ遠野さん。書くことや読むことが好きな子どもではなく、小学校の作文の授業では、ゲームの2次創作を原稿用紙20枚ほどに書いたが、教師からはこれという反応はなかったそうだ。湘南大庭市民図書館では、ロビーにある休憩コーナーで友達としゃべっていたこともあるとのこと。同図書館は記者もよく利用していたので、遠野少年とすれ違っていたかもしれない。
遠野遥さんに聞く 「『破局』以上、まだまだ書けます」
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「破局」(河出書房新社/1540円) [写真番号:1152439]
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