各界を彩る神奈川県ゆかりの人物が、自ら半生を振り返る連載「わが人生」。成功に至る道程とそこで培われた人生観とともに、懐かしい生活風景や人生を翻弄した激動の世相も映し出しています。約半世紀にわたり神奈川新聞読者の皆さまに愛され、今なお色あせない「わが人生」企画。バックナンバーの中から厳選し、カナロコで復刻掲載します。第一弾は、藤木グループ会長の藤木幸夫さん。全131回。
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2004年5月21日掲載
終戦のとき、私は満十四歳と十一カ月と二十七日だった。誕生日が昭和五年の八月十八日で、二十年八月十五日に昭和天皇が「終戦の詔勅」を読み上げた。当時、私は神奈川工業学校の生徒で、願書を予科連、江田島に出した。はがきで返事がきた。「年齢未達」と書いてある。満十五歳にならないといけない。同じ学年の生徒でも早生まれの者は行っていた。