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【1964東京五輪】〜アーカイブズで振り返る神奈川〜
村長日記(36) あすは「さよならパーティ」

連載 | 神奈川新聞 | 2020年10月23日(金) 09:00

 1964年の東京五輪。神奈川には相模湖のカヌー選手村と大磯のヨット選手村が設けられた。神奈川新聞では両村長が日々の出来事をつづった「村長日記」が連載された。五輪イヤーの今年、当時の日付に合わせてこの連載を再び掲載します。海外旅行が一般的でなかった時代、世界各国の五輪選手を迎える緊張や戸惑い、喜びなど臨場感あふれる描写から、1964年と違うもの、変わらないものが見えてきます。

 現代の観点では不適切な表現もありますが、1964年当時の表現、表記をそのまま掲載しています。(※)で適宜編注を入れました。

レース後、汚れを洗い流したヨットの帆を畳む選手の家族=1964年10月、藤沢市江の島

贈り物にも一考の余地

大磯選手村・馬飼野正治

 すでにカンボジアは退村し、ソ連チームも明朝三時に退村するという。その他フィリピン、ケニア、チェコスロバキア、ホンコン、プエルトリコ、バミューダなど、帰国もあれば代々木の本村(※選手村本村)へ向かうものもある。

 にぎやかであったわが村にも、やがて秋風が吹くであろう。いい知れない復雑な感じのする今日である。

 きょうの村長の仕事は贈呈品の受け付け及び配達である。まずオーストラリアのノーザムさんに熊本城の絵が贈られた。彼女(※贈り主)は高校三年生で、オーストラリアの先生から英語を習ったので、同じ国の人に対するなつかしさが動機となったらしい。

 つぎは九州・宮崎市の病院一同としてスウェーデンのキエル兄弟の美談(※村長日記(29)参照)に感銘した贈りもの(内容不明)。(※同じ九州福岡から)日本人形をキエル兄弟に、また、東京に住む老母よりとして絵画らしいものが贈られた。

 キエル兄弟は、あの程度のことは美談でもなんでもない。外国では常識ーといって、はじめの贈りものについては感激していたようであるが、このように次から次と贈られることについて首をかしげ、一大せん風を巻き起こしたと笑っていた。

 一番困るのは一面識もない娘さんたちがハラルド皇太子に握手を求めるために、またいっしょに並んで写真をとってもらいたいために贈りものをきっかけとすることである。外国の人は見ず知らずの人から理由もなく贈りものを受けることをきらうし、また村のルールもあるし、遠路こられた方々に対しては村長としてどうさばいてよいか困るときがある。

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