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【1964東京五輪】〜アーカイブズで振り返る神奈川〜
村長日記(32) 交通戦争 選手村にも

連載 | 神奈川新聞 | 2020年10月19日(月) 09:00

 1964年の東京五輪。神奈川には相模湖のカヌー選手村と大磯のヨット選手村が設けられた。神奈川新聞では両村長が日々の出来事をつづった「村長日記」が連載された。五輪イヤーの今年、当時の日付に合わせてこの連載を再び掲載します。海外旅行が一般的でなかった時代、世界各国の五輪選手を迎える緊張や戸惑い、喜びなど臨場感あふれる描写から、1964年と違うもの、変わらないものが見えてきます。

 現代の観点では不適切な表現もありますが、1964年当時の表現、表記をそのまま掲載しています。(※)で適宜編注を入れました。

江の島ヨットハーバーでヨットの陸揚げを見物する人たち。大型のヨットが集まると固定式のクレーンが不足し、写真のようなクレーン車も出動した=1964年10月、藤沢市江の島

殿下夫妻と楽しい歓談

大磯村副村長・高杉治興

 十二日から開始されたヨット競技は十五日で一段落。この中休みを利用して日本をみたいというヨットのベテランが多く、村内に八日から開設された県観光案内所の職員はてんてこ舞いである。案内所がその機能を本格的に発揮し始めた感がある。

 きょうは朝から曇り勝ち。風やや強し。村長は本村(※東京・代々木の選手村本村)への連絡に出かけられた。留守をあずかる副村長はさらに緊張せざるを得ない。

 京都、奈良への関西旅行に出かけたスイスやバミューダのチーム。紅葉し始めた箱根や、グランドフェスティバル(※日光東照宮秋季祭のことか)でにぎわう日光へと三日間の息抜きに出かけた英国やオーストラリアのメンバーとさまざまである。いまごろ彼らは目的地で私たちの愛する日本を心ゆくまで観賞していることであろう。ノーレース間における各国選手の動向についていとまのないほど各プレスから照会がある。

 午前のひととき、コバルトブルーに白波輝く相模湾を見降ろすホテルのテラスで、タイ国皇太子殿下(※ビラ皇太子。ドラゴン級のタイ代表選手)と妃殿下と歓談の機を得た。「選手村の組織と職員の態度はりっぱでよく訓練されている。とくにロングビーチ(※大磯ロングビーチ)を使った村はまさに世界でも一流である。私の国ではいくらしようとしてもこのようなことはできません」とけんそんして述べられた。

 第一線の外交官という自覚で奉仕に全力をあげている私たちとしてこのおことばは身にしみてうれしかった。昨夜お供して観劇した宝塚レビューに話が及び、私がさる三十七年バンコクで観劇したタイの古典舞踊の美しさを激賞申し上げると、たいへん喜ばれた。観劇への途中バスの中で歌われた妃殿下の東洋的なメロディーも忘れられない思い出となるであろう。

 午後二時三十分、代々木本村の小松村長から激励の電話があった。小松村長はきょうヘリコプターで大磯、江ノ島(※ヨット競技会場)、三ツ沢(※サッカー競技会場)を上空から視察され帰村されたとのことであった。二十一日ごろ大磯分村へおいでになりたいとのことである。約七十の選手役員を一手に引き受けられている小松さんのご労苦に頭の下がるような思いだった。

 あす開催される知事(※内山岩太郎神奈川県知事)のレセプションの打ち合わせで県オリンピック課の黒板さんが来村された。県本部で何やかやと気をくばられている清野さんや女子職員の奮闘に心から感謝したい。

 夜は沖縄民踊と奇術が選手のため催され、タイのビラ殿下はじめ約四十人のヨットマンが楽しい夜をすごした。一方江ノ島では海幕(※海上自衛隊のヨット競技海上支援部隊長)主催のレセプションが開かれた。あすはぜひとも晴れてほしいものだ。


副村長らの奇禍に驚く

相模湖選手村村長・松原五一

 突如としておこった田中清副村長と鈴木茂春君の交通事故による奇禍!! 一部の新聞にはすでに報道されているので重複は避けるが、とにかく大したことがなくてよかった。

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