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【1964東京五輪】〜アーカイブズで振り返る神奈川〜
村長日記(25) ベリーベリーナイス

連載 | 神奈川新聞 | 2020年10月12日(月) 09:00

 1964年の東京五輪。神奈川には相模湖のカヌー選手村と大磯のヨット選手村が設けられた。神奈川新聞では両村長が日々の出来事をつづった「村長日記」が連載された。五輪イヤーの今年、当時の日付に合わせてこの連載を再び掲載します。海外旅行が一般的でなかった時代、世界各国の五輪選手を迎える緊張や戸惑い、喜びなど臨場感あふれる描写から、1964年と違うもの、変わらないものが見えてきます。

 現代の観点では不適切な表現もありますが、1964年当時の表現、表記をそのまま掲載しています。(※)で適宜編注を入れました。

仕事終わりに談笑する相模湖選手村の料理人ら=1964年9月、相模湖町(現在の相模原市緑区)与瀬

おさかんな食欲

相模湖選手村村長・松原五一

 “味覚の秋”といわれるが、わが相模湖選手村における選手たちが、もっとも楽しみとしているものは食事であろう。二十四カ国約二百人の選手と百四十人の村内職員の胃袋を満たしてくれるところは「富士アイス」(※相模湖選手村での食事提供を請け負ったレストラン)である。

 もちろん、われわれ職員の食事は、選手食とくらべおよそ縁遠い一品料理をあてがわれているので、選手食堂をガラスごしにながめながら、職員食堂でひっそり食事をとっている。

 よく「選手といっしょで、すごりカロリーをとっているんでしょう。いいですなあー」といわれるが、けっしてそんなことはない。だいいち、われわれ日本人には一日六千カロリーの食事(※1人1日6千キロカロリーの基本メニューの提供が選手村に求められた)などとても食べきれるものではない。だが、連日の時間外勤務の多い職員の栄養補給を、どうしたらよいかと思い悩んでいるしまつだ。

 すでに知られているように、宗教上の戒律のためにブタは食べるが、ヒツジは食べないとか、反対にブタは食べないがヒツジは好んで食べる、ということで調理する方では、その日その日の献立てに苦心している。(ヒツジを提供するときは、殺すとき洗礼をうけてやらねばならぬそうな。その洗礼をした証明書(※イスラム教の「ハラル」認証のことか)がないと料理されても食べないということである)「フランスやイタリアは料理にはうるさい」という事前の風評がしきりに聞かれたが、いまのところそのようなことはまったくない。いちばん頭を痛めていたことだけにホッとしている。

 肉の一日の使用料は、だいたいウシ一頭の半分。これがアッという間に消化されてしまうのである。このほかタマゴ、野菜、果物、ミルク、パン、アイスクリームなどが、恐るべき早いピッチで視界から姿を消して、選手らの胃袋にはいってゆくのだ。盛んな食欲ぶりにはまったくおどろく。

 料理全般については、太田チーフをはじめ全国から選ばれた腕ききのコックさんらが、その腕によりをかけ、“世界の味”を楽しんでもらおうと、あけてもくれても準備に大わらわだ。世界各国選手に、日本の料理を評価されるのだから、コックさんらの気苦労も想像以上だ。

 おいしそうなにおいをいっぱいにまき散らす選手食は、われわれの食欲をそそることうらめしいくらいだ。一週間前から、中国人のコックさんが参加して、本場の中華料理を提供している。


開会式で二回泣く

大磯選手村村長・馬飼野正治

※開会式の手記を掲載した番外編も併せてご覧ください

 わが村は九時、十三台のバスをつらねて白バイ先導で勇躍開会式場に向かった。途中交通のシグナルは全部青。本村(※東京・代々木の選手村本村)で他村の選手と合流し一路国立競技場へ。彼らのトレーニング姿ばかり見ているので礼装した姿が特に粋にみえる。

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