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【1964東京五輪】〜アーカイブズで振り返る神奈川〜
村長日記(21) 金で買えない値うち

連載 | 神奈川新聞 | 2020年10月8日(木) 09:00

 1964年の東京五輪。神奈川には相模湖のカヌー選手村と大磯のヨット選手村が設けられた。神奈川新聞では両村長が日々の出来事をつづった「村長日記」が連載された。五輪イヤーの今年、当時の日付に合わせてこの連載を再び掲載します。海外旅行が一般的でなかった時代、世界各国の五輪選手を迎える緊張や戸惑い、喜びなど臨場感あふれる描写から、1964年と違うもの、変わらないものが見えてきます。

 現代の観点では不適切な表現もありますが、1964年当時の表現、表記をそのまま掲載しています。(※)で適宜編注を入れました。

相模湖漕艇場で船体や道具の調整をする選手ら=1964年10月、相模湖町(現在の相模原市緑区)与瀬

お祝いキスにテレる

相模湖選手村村長・松原五一

 きのうからちょっと頭が痛かった。というのは、IF(国際競技連盟)審判役員でありかつまたイタリア選手団長でもあるグラッペリー氏が当村がすっかりお気に召してぜひここに宿泊したいと申し出たことだ。

 選手村に宿泊できる資格のものは、選手および選手団役員で、これを証明するIDカードを所有する者に限っていて、他のいかなる者も許可しないという規定がある。氏はカヌー競技のジャッジマンとしてのIDカードだけしか持っていないので無資格ということだが、一方カヌー競技選手団長としての資格で入村したいという。

 もう六十歳くらいであろうか。それこそビヤだるに手足、目鼻をつけたようなおよそ日本人には見られない体くの好々爺(や)で「めんどうをかけて申し訳ない」と腰を低くしての懇願ぶりで、当方もその熱意にほだされ、できることならその希望をかなえてあげたいものといろいろ折衝し、代々木本村(※東京・代々木の選手村本村)とも連絡のうえ一応は仮入村ということで許可した。

 氏はまるまる肥満したからだを折りまげるようにしてなん度となく謝辞をのべ、当てられた居室にはいって行った。人間は感情の動物といわれるがあのやさしい物腰、態度からうける好印象がなによりわれわれを動かしたのだとみなで話し合ったことである。

 ハンガリーチームのイローナ嬢はきょうがお誕生日。当村における誕生者第一号だ。相模湖クラブで並み居る各選手、村職員からの祝福を浴びて吉村女子主任の手からバースデーケーキが贈られた。

 村の女子職員の考案で着せられた和服のよく似合うイローナさんは、上気した美しい顔をほころばせ目を輝かせてケーキを受けとった。異国でうけたこの祝福が余程うれしかったのか、いきなり村長にほおを寄せてキスを贈ってきたのにはこちらがおどろいた。おおぜいの前で大いにテレたが、その後がいけなかった。

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