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【1964東京五輪】〜アーカイブズで振り返る神奈川〜
村長日記(17) 静かな町に異国の人々

連載 | 神奈川新聞 | 2020年10月4日(日) 09:00

 1964年の東京五輪。神奈川には相模湖のカヌー選手村と大磯のヨット選手村が設けられた。神奈川新聞では両村長が日々の出来事をつづった「村長日記」が連載された。五輪イヤーの今年、当時の日付に合わせてこの連載を再び掲載します。海外旅行が一般的でなかった時代、世界各国の五輪選手を迎える緊張や戸惑い、喜びなど臨場感あふれる描写から、1964年と違うもの、変わらないものが見えてきます。

 現代の観点では不適切な表現もありますが、1964年当時の表現、表記をそのまま掲載しています。(※)で適宜編注を入れました。

練習の合間に相模湖漕艇場の桟橋で休むカヌー選手ら。宿舎は分かれていたが、練習場所は男女とも同じ。奥に見える嵐山橋は、両側から橋を伸ばして中央で連結する日本初のディビダーク式張り出し架設工法で、かながわの橋100選に選ばれた。1959(昭和34)年の完成時には「橋脚のない橋」として相模湖の名所にも=1964年10月、相模湖町(現在の相模原市緑区)与瀬

さかんなおデート

相模湖選手村女子宿舎主任・吉村二三子

 ひっそりとしていた女子宿舎にも二十八日の入村第一号として、ブルガリアの二クリーナ嬢をはじめオーストリアのシュピッツ嬢(イヌの名前で覚えることにしている)イギリスのミセス・タッカー(なかなかの美人)ルーマニアのドクター・プリボイアンヌほか三人、日本、ソ連、アメリカと七カ国十七人が女子宿舎で生活をはじめている。静かな相模湖の町にも行き会う異国の人々のそれぞれのお国ぶりが見うけられ、どうやらオリンピックムードに女子宿舎も忙しくなりはじめた。

 ブルガリアの二クリーナ嬢は二十一歳の若さでまた人なつこい性格のためか暇さえあれば私どもと話をしたい様子。おはよう、ありがとー、さよならと、かぎをくきといったりなかなかあどけないお嬢さんである。イギリスのミセス・タッカーは入村選手中随一の美人といえるが、ピンクのつば広の帽子にピンクのスーツ、なかなかのスタイリストで、ミセスとは思えぬようだ。デートが忙しいのか夜のご帰館は一番遅い。

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