1. ホーム
  2. 連載・企画
  3. 企画
  4. 横浜みなと新聞
  5. 二つの華僑、春節で融け合い30年

中華街摩登(31) 
二つの華僑、春節で融け合い30年

横浜みなと新聞 | 神奈川新聞 | 2016年2月8日(月) 13:57

 横浜には正月が2回来る-。そう言われるほどに親しまれている横浜中華街の旧正月「春節」。ことしも8日の春節には多くの観光客が詰め掛けるだろう。横浜中華街発展会協同組合の主催で現在のような大型行事になってからことしで30周年。華僑は伝統を継承し、観光客も楽しめる「横浜中華街独自の文化」として発展を遂げている。


店舗の軒先につるされた赤い祝儀袋を獅子がくわえとる「採青(サイチン)」を一目見ようと大勢の観光客が詰め掛けた=2016年2月(映像編集部撮影)
店舗の軒先につるされた赤い祝儀袋を獅子がくわえとる「採青(サイチン)」を一目見ようと大勢の観光客が詰め掛けた=2016年2月(映像編集部撮影)

 発展会主催の春節行事がスタートしたのは1986年2月。中華街内の通りや朝陽門(東門)近くにあった駐車場で3日間、獅子舞や龍舞、民族舞踊などが繰り広げられ、観光客らが詰め掛けた。2月10日付本紙でも「人出はふだんの日曜日の数倍の7万5千人(加賀町署調べ)」とにぎわった様子を紹介している。

 そもそも春節とは日本の正月と同じで、実家に帰って一族でごちそうを食べたり、新年のあいさつを交わしたりするプライベートなもの。中国本土では地方を中心に獅子舞や龍舞で祝う伝統が残る地域もあるが、観光客向けのイベントではない。

 初回の実行委員長を務めた萬珍楼社長の林兼正さん(74)は、「商売のためでなく、華僑の文化として春節を表に出したい」と、伝統的な内容での行事を企画した。

 だが当時は華僑が中国系と台湾系に分かれ、イデオロギー争いが尾を引いていた。苦肉の策として中国系と台湾系の出演日を別々にすることで、開催にこぎ着けたという。


朝陽門近くにあった駐車スペースで龍舞などが披露された第1回春節=1986年2月(映像部撮影)
朝陽門近くにあった駐車スペースで龍舞などが披露された第1回春節=1986年2月(映像部撮影)

 横浜華僑総会会長の謝成発さん(62)は初回の出演を含め、獅子舞に長年関わってきた。「中国系と台湾系の人間が一つの舞台に乗るまでの大変さはあった」と振り返る。対立ムードが緩和されてきたのは、双方の華僑の寄付金で関帝廟が再建された90年ごろからで、現在は出演日を分けることはなくなった。

 しかしもう一つの「国旗は出さない」という条件は現在も引き継がれ、横浜中華街の春節行事では30年間ずっと、中国も台湾も国旗を掲げていない。

 2004年にはみなとみらい線の開通で「元町・中華街駅」が新設。一気にアクセスが向上し、観光客が爆発的に増えた。現在では2週間にわたる中華街最大の行事に成長し、期間中の観光客は100万人を超える。

 春節行事を30年間続けられたのは、獅子舞や龍舞の担い手を育てる中華学校があったからだと林さんは言う。「住まいも店も学校もある横浜中華街だからこそ続けられた。華僑の伝統継承の場であり、観光客にも文化を理解してもらえる行事として、さらに発展してほしい」と話している。

横浜中華街に関するその他のニュース

横浜みなと新聞に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

企画に関するその他のニュース

アクセスランキング