
◆曽祖父の代からの大役 チームワークで全力を尽くす
日本の海の玄関口、横浜港大さん橋国際客船ターミナル(横浜市中区)。豪華客船が相次いで入港するとともに、海と都市をつなぐ人気の観光スポットとして年間200万人以上が利用している。今年4月に警備隊長に就任した松本健太郎さん(27)は、トラブルを未然に防ぎ、訪れた人たちの笑顔を見ることを仕事の誇りにしている。
「左右に回り込んで。そして、もっと前へ。さすまたで右手を押さえて」
乗客でにぎわう出入国ロビーにナイフを持った暴漢が現れたとの想定で、スタッフによる制圧訓練が16日に初めて行われた。
大声で指示を出した松本さんは暴漢役の背後に素早く回り込んだ。相手のひざを後ろからさすまたで押し倒し、見事に抑え込んだ。
「何も起きないこと、何事もないことが大事。そのためにチームワークで全力を尽くすだけ」と額の汗をぬぐった。

港湾施設では、警察や海上保安庁などの公的機関とは別に民間の警備要員が大勢働いており、港湾関係者の間では「ワッチマン」と呼ばれている。ワッチとは、港を出入りする物や人をチェックすることだ。
大さん橋の警備を請け負う「京浜港ワッチマン業協同組合」は約20人で警備隊を組織し、日夜8人ほどが常駐警備を行う。総床面積が約4万4千平方メートルにも及ぶ国内屈指の港湾施設。屋上は24時間開放されている一方、岸壁などは関係者以外の立ち入りを禁止した保安施設となっている。
年間で延べ150隻もの客船が寄港する際はワッチマンを増強。乗客や乗組員の動線や貨物、食料などの搬出入ルートを確保している。大型客船が寄港すれば約2千人もの乗客が一度に乗り降りするため、数十台の観光バスが横付けする。
イベントや撮影の警備を行うほか、交通誘導や駐車場の案内など幅広く対応している。コンテナを扱う港湾施設と違い、ここでは人が相手。言葉遣いをはじめ、外国人を含めた利用客への対応に最も気を配る。
松本さんは、曽祖父の代から続く大さん橋のワッチマン。学生時代のアルバイトを含めて10年近いキャリアを持つ。大さん橋や客船への愛着は人一倍だ。
「夕焼けに染まるみなとみらい21(MM21)地区やシルエットを浮かべる富士山。大さん橋からの素晴らしい景色を眺めてほしい」
大さん橋を目当てに訪れてくれる人が増えてほしい、と心から願う。
秘密のデートプランがある。MM21地区で遊んだ後、午後10時ごろに歩いて大さん橋にたどり着く。夜景を見るなら、カップルが少なくなるこの時間帯がお勧めだ。そして飲食街が広がる野毛。明け方の桜木町へ-。「実は、彼女を募集中なんです」と若者らしい恥じらいを見せる一面も。
とはいえ、仕事には人一倍打ち込むのがモットー。東京五輪・パラリンピックを4年後に控え「世界で一番安全なターミナルにしたい」と意気込みを明かす。
制服の肩には犬がデザインされたワッペンが付いている。海外にも通じる厳格な警備で安全安心に妥協を許さない姿勢を意味する。「何もトラブルが起きないことの裏には、誇りを持って働くワッチマンがいることを知ってほしい」
この年末年始も勤務を続ける。天候に恵まれれば、初日の出が横浜ベイブリッジを黄金色に包み込み、富士山がMM21地区にその勇姿を浮かび上がらせる。「息をのむほど美しい」と松本さんが認める夜明けの風景。それを見るために大さん橋を訪れる人たちを、温かく受け入れるつもりだ。
