はるか洋上を航行する船舶内で重傷者や重病人が発生したら-。海上保安庁の巡視船や航空機などで医師や看護師が現場に急行し、応急措置を施しながら病院まで救急搬送する制度が世界で唯一、日本にある。漁師や船員、乗客ら数多くの命を救ってきた洋上救急制度を担う関係機関が連携した研修訓練に密着した。
洋上救急制度は1985年10月の事業開始から2018年3月末までの33年間に882件の救助要請があり医師・看護師1673人、巡視船艇601隻、航空機1069機が出動。傷病者915人に医療活動が行われた。
事業主体の日本水難救済会(東京都千代田区)によると、洋上救急の発生海域は沖ノ鳥島や硫黄島、小笠原諸島沖の本州南方海域が最も多い。次いで東シナ海、本州東方海域、日本海の順。距離別では全体の1割が日本から千マイル(1609キロメートル)以遠に出動した。
洋上救急に携わる医師や看護師は数日にわたって慣れない巡視船に乗り組み、厳しい自然条件による揺れやヘリコプターの騒音など悪条件のなかで医療行為を行うことになる。
訓練は医師らに巡視船やヘリに搭乗して、治療現場の状況を事前に体験してもらおうと全国で実施している。第3管区海上保安本部(横浜)と日本水難救済会の合同訓練は10月、巡視船「いず」の船内で行われ、関東地区の協力医療機関で勤務する医師・看護師ら25人が参加。東京湾を航行中に医務室などを視察した後、ヘリ甲板から羽田航空基地所属の「スーパーピューマ225」に搭乗した。
全長19・5メートルで速力150ノットで航行できる能力を持つ大型ヘリに、東海大学医学部付属病院の看護師中嶋康広さんは「普段運用しているドクターヘリよりも機内は広く、機体は安定している」と驚いた様子。
大きなプロペラから吹き下ろす風が強い。若い海上保安官はヘリ甲板で搭乗待ちの看護師らに「小さなゴミが飛ぶことがあるので目を守って」「海が荒れて船が揺れると足元が不安定になるので注意を」とアドバイスしていた。
初めて訓練に参加した同病院の医師武田道寛さんは「これから出動する機会があり得るので、この経験を生かしたい」。3管警備救難部長の川越功一さんは「はるか洋上で船員たちが絶望している状況で待っている。この制度を活用すれば医師らが駆け付けてくれる安心感がある。生きる望みを持ってもらうためにも、関係機関が連携してこの制度をきちんとこなしたい」と気を引き締めた。
日本水難救済会常務理事の加賀谷尚之さんは「四方を海に囲まれ、海の恩恵を受けてきたわが国に欠かせない洋上救急制度に理解を深めてほしい」と訴えた。