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【カナロコオピニオン】記者の視点 デジタル編集委員 石橋学
時代の正体〈435〉朝鮮学校補助金考 罪なき子ども巻き込む独善

時代の正体 | 神奈川新聞 | 2017年1月31日(火) 15:08

在日朝鮮人のアイデンティティーを育んできた神奈川朝鮮中高級学校 =横浜市神奈川区
在日朝鮮人のアイデンティティーを育んできた神奈川朝鮮中高級学校 =横浜市神奈川区

【時代の正体取材班=石橋 学】黒岩祐治知事が朝鮮学校に通う子どもたちへの学費補助金の交付決定を留保して3カ月近くがたった。学校側が教科書改訂の約束を果たしていないというのが理由だが、そうした約束は存在しない。なのに知事は「約束が守られないままでは県民の理解が得られない」と不交付の可能性にも言及した。朝鮮学校と子どもたちに対する理不尽な扱いはとどまるところを知らない。

 補助金交付の留保を発表した昨年11月8日の定例会見で、知事は「学費補助制度は教科書改訂が前提。それができなかった。話が違う。留保せざるを得ない」と説明した。2016年度中に行うとされてきた改訂が13年度に続いて延期されたことを挙げ、「われわれだけが約束を果たすというわけにはいかない」と不交付の可能性に言及した。

 県が前提の基としているのは、朝鮮学校を運営する学校法人神奈川朝鮮学園が11年5月、問い合わせの回答文で示した「拉致問題を教科書に適切に記述するよう取り組んでいきます」という文言だ。

 だが、学園側に改訂を約束したという認識はない。なぜなら学園側に改訂の権限はないからだ。全国統一の教科書は朝鮮大学校教授らでつくる教科書編纂(へんさん)委員会が作成している。学園側ができるのは拉致問題を記述するよう編纂委員会に要請することまで。だから前提は「教科書の改訂」ではなく、編纂委員会への「改訂の要請」でしかない。

 知事はあくまで言った。「学園が改訂を持ちかけたのは間違いない。それは評価する。だが、編纂委員会は改訂しなかった。やはり約束が違う」

 県私学振興課は「編纂委員会と直接約束したことはない。そもそも教科書の改訂は約束ではなく、制度の前提。それが崩れれば新たな判断があり得るので、交付を留保し、前提がどうなっていくのかを確認している段階」と説明する一方、「教科書の改訂は補助制度の交付要件になっていないので交付、不交付を判断する条件にはならない」。

 それがなぜ約束として語られ、条件のように突きつけられるのか。

 同課は言う。「教科書を改訂してほしいというメッセージだ」

 この一見、朝鮮学校側の取り組みを促すよう配慮しているかのような姿勢にこそ、補助金を巡る問題の根源があるように思える。そこに透けて見えるのは朝鮮学校は悪い教科書を使い、悪い教育を行っているという根拠のない不信と独善だからだ。

逸 脱


 そもそも県が教科書の改訂を求めることはできない。私立学校の教科書や教育内容に口を出し、変更を求めるのは干渉以外の何ものでもない。そうした権限は県にないばかりか、教育の独立をうたう教育基本法、私立学校法に抵触する。できないだけでなく、してはならないというのが県の立場だ。

 だから、朝鮮学校と同じく補助金が支給されているインターナショナルスクールで米国の原爆投下はどう教えられているか、中華学校の教科書で尖閣諸島はどう記述しているか、確認したこともない。

 だが、朝鮮学校に限っては補助金交付を口実に「反日的な教育をしている学校に補助金を出すべきではない」と、教育内容に踏み込む介入がなされてきた。

 10年には当時の松沢成文知事が「教育内容を確かめる必要がある」と交付を一時留保。教科書「現代朝鮮歴史」の「日本当局は『拉致問題』を極大化し、反共和国、反総連、反朝鮮人騒動を大々的に繰り広げることによって、日本社会には極端な民族排他主義的雰囲気が作り出されていった」という表現に疑問を呈した。記述の見直しを編纂委員会に働き掛けるとした学園側の回答を受け、交付を決定した。

 11年5月に教科書は改訂されたものの、拉致問題の記述が丸ごと削除されたことが明らかになり、黒岩知事が「県民の理解が得られない」として学園側に対応を要求。学園側は独自に作成する教材で拉致問題を教えるとともに、13年の改訂に合わせ拉致問題を記述するよう編纂委員会に要請すると回答した。

 14年3月、外国人学校に交付してきた補助金を廃止し、児童生徒への補助に切り替える現行の制度を創設した時もそうだった。学園側がつくる独自教材について「中身を見て判断する。ある程度のボリューム感や日本人が見て正面から拉致に向き合っていると思うかどうかも問われる」と、それが交付の条件であるかのような発言をすでに行っている。

 そして、昨年11月の会見。前述の拉致問題に関する記述を「非常に誤った記述」と断じ、「正しい認識の拉致問題を入れるということが前提になっていた」と述べ、単に記述を求めるだけでなく、「正しい」内容でなければならないとさらに踏み込んでみせた。

 日本人の子どもが日本の学校で日本語や日本の歴史、文化を当たり前に学ぶように、いかなる子どもも民族の言葉や歴史、文化に関する教育を受ける権利は等しく保障されなければならず、その歴史は国や民族が違えば、見方や教え方も当然異なるという基本的な認識を欠いたまま、「県民の理解」が得られる「正しい」教育を求める逸脱と倒錯は加速してさえいる。

配 慮



 県が学園との約束違反を理由に不交付とすれば、自らの施策の精神を自ら否定することにもなる。児童生徒への補助に切り替えた目的は「外国人学校に通う子どもたちが国際・政治情勢に左右されずに教育を受ける機会を安定的に確保すること」だからだ。

 13年度、県は北朝鮮の核実験を理由に朝鮮学校への補助金を打ち切った。教育に外交問題を持ち込み、子どもに制裁の肩代わりを強いる筋違いな措置に批判が集まり、知事自身、「補助金を打ち切った後も生徒には罪がないという思いがあった」と振り返っている。

 では、いま「信義」の問題を持ち出し、交付を留保し、不交付にまで言及していることに「生徒には罪がない」との思いはよぎらないのだろうか。約束を守っていないのは子どもたちではない。教科書改訂の責任もない。なのになぜ、子どもたちが不安にさらされ、自分たちではどうすることもできない学園の対応いかんで不利益を被らなければならないのか。

 そのような疑問は浮かんでいないらしい。

 そればかりか、「学校の問題、編纂委員会の問題であり、われわれの問題ではない」と突き放し、「県民は自分たちの税金がどう使われているか関心を持っている。約束が守られないままでは県民の理解が得られない」と言い放った。朝鮮学校の子どもの父母も同じく税金を納めている県民であるという前提はここでは無視されている。

 昨年11月22日。補助金交付の留保を発表した2週間後の会見ではむしろ子どもたちのためなのだ、ということが強調して語られた。

 「子どもたちが国際情勢に振り回されるのは良くないと、生徒一人一人に対する学費補助という制度をつくってやってきた。朝鮮学園に対する信義の問題で、約束が果たせないとなったら、あなたたちはどうして子どもたちが国際紛争に巻き込まれないような状況にしようと思わないのか、と私はむしろ言いたい。われわれは配慮をしているのに、それをやらないというのはあなたたちの問題であり、われわれが朝鮮学園に対して、何とかしてやってくださいと依頼する立場にはない」

 巻き込ませてはいけないものに巻き込ませているのは誰か。独善を顧みぬ錯誤をいさめる声は県庁、県議会からこのまま上がらないのだろうか。

 ◆朝鮮学校 朝鮮半島にルーツを持つ子どもに朝鮮語による授業で民族教育を行う学校。日本による植民地支配で奪われた言語や文化、歴史を取り戻そうと終戦直後に在日朝鮮人が全国各地で設立した国語講習所が始まり。日本の幼稚園から高校に当たる幼稚班、初級学校、中級学校、高級学校は68校(休校中を含む)あり、大学校は東京都小平市にある。県内には鶴見朝鮮初級学校、横浜朝鮮初級学校、川崎朝鮮初級学校、南武朝鮮初級学校、神奈川朝鮮中高級学校の5校がある。学校教育法上、日本の小中学校、高校に当たる「一条校」ではなく、英会話学校などと同じ各種学校として扱われ、国の助成が受けられないなどの制約がある。

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