【カナロコ・オピニオン】(11)報道部・草山歩
時代の正体〈408〉 「彼と同じ」認める勇気 障害者殺傷事件考
時代の正体 | 神奈川新聞 | 2016年10月26日(水) 17:12
相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」殺傷事件発生を受けて22日開かれた、地域住民による集会。企画を呼び掛けた宮崎昭子さん(79)は、19人を殺害した容疑者の男(26)の優生思想に、自らの内面を重ね合わせていた。
「私たちみんなの中に、“内なる彼”が住んでいることに気付いた。私たちを含め、世間が、社会が、差別を扇動してきたのではないだろうか」
惨事から3カ月。まだ地域に傷痕が色濃く残る中、人々は迷いながらも事件の本質と向き合い始めていた。
建前
「容疑者の個人的な問題も、原因だとは思うのだけど」
公民館の会議室。一人の男性が立ち上がり、参加者の顔を見回しながら語り出した。
「でも、彼が出てきたということ、彼のように実行する者が出てきたという状況が、一番の問題ではないだろうか」
男性は、あの日からマスコミの報道をくまなくチェックしている。インターネットの匿名サイトに容疑者の行為を支持する書き込みが多くあることを知り、衝撃を受けるとともに考えたという。
「あのような考えを抱くのと実行するのとは大きな隔たりがある。彼はそこを乗り越えてしまった。ただその違いだけなのかもしれない」
男性はうつむきながら、なおも言葉を継いだ。
「人はみんな平等だというのは、正直、僕は建前だと思う。どうしても優劣がついてしまうのは生き物として仕方がないこと。でも、建前でも貫くしかないと思う。建前であることを認めて、納得した上で、平等な社会にしていくしかないのかなと思う」
過激にもとれる本音。全員がしんと静まりかえった。近くのホールで吹奏楽団が練習する音がかすかに聞こえる。
異を唱える声は、誰からも出なかった。
核心
私は事件翌日から現場取材に入った。当時の悲しみと強い怒り、憤りは今も和らぐことなく抱き続けている。
容疑者は狂気に満ちた怪物だと思った。なぜあんな怪物が生まれてしまったのか。なぜ怪物の犯行を成功させてしまったのか。異質な敵から味方を守りたい。そんな思いで取材を進めた。しかし掘り下げるうち、気付いてしまった。
自分の内面にもまた社会的に優れた存在をよしとする価値観があるのだ、と。
高校時代は同級生と試験の点数を争い、名の知れた大学を目指した。就職活動では周囲の志望者と競い合い、希望の職を得た。今も取材現場では他社の記者を出し抜いた特ダネを狙い、記事が紙面に出れば世間の反響を求める。毎月の給与明細を見るたび、自分の経済的価値を確認して安堵(あんど)する。
社会の要求に応えることで存在を認められたい。私のそんな考えは突き詰めれば、優生思想と通ずる。
私も彼だ-。
頭が真っ白になった。受け入れたくなかった。私などが記者をして許されるのだろうか。生きていて許されるのだろうか。そもそも、生きていて許されるのだろうかと考えることそのものが彼と同質なのではないか-。考えは堂々巡りした。
自分自身が怪物のようで、恐ろしくてたまらなくなった。食事が全くのどを通らない日が続き、衰弱して会社を休んだ。病院で栄養点滴を受けながら途方に暮れた。出口の見えない深淵(しんえん)。
そこから私を引き上げてくれたのが、地域で事件と向き合う住民たちの声だった。
男性が発言した後、参加者は次々と自身の正直な気持ちを打ち明けだした。
「身内に障害者がいることが後ろめたく、長いこと負い目を感じて生きてきた。家族なのに、かわいそうという同情心しかなかった」。呼応するように、他の住民が思いを吐露する。「犠牲者が匿名で発表されたとき、何の違和感も抱かず受け入れてしまう自分がいた。障害者は世間に恥ずかしい、だから身元を隠すのは当然、という無意識の偏見があった」
きれいな言葉を繰り返すだけでは核心に迫れない。地域の人たちは身近な問題として確かに感じ取り、危機感を抱いていた。
私は記者としても人間としても未熟だった。「気付いてしまった」と恐怖してはいられない。気付いたことを受容して議論しなくてはならないのだ。
地続き
あれは本当に狂気だったのだろうか、と考える。
誰だって、周囲から有用とされようと必死になっている。世間でいう「勝ち組」になりたがる。勉強ができる人の方が優秀。お金をたくさん稼げる人の方が優秀。有名企業で出世した人の方が優秀。
突き詰めれば私たちは常に、無意識のうちに「優れた人間」「劣った人間」をつくり出している。それは彼の価値観と地続きだ。