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「最後まで営業したい」8月の六角橋商店街火災で全焼した陶磁器店/横浜

社会 | 神奈川新聞 | 2011年10月13日(木) 00:36

店舗跡地で商売を続ける京子さん=横浜市神奈川区の六角橋商店街
店舗跡地で商売を続ける京子さん=横浜市神奈川区の六角橋商店街

六角橋商店街(横浜市神奈川区)で8月に起きた火災で、店舗が全焼した「松田陶磁器店」が在庫限りの営業を店舗跡地で続けている。「松田陶磁器店として最後まで営業したい」。感謝を込めて、戦後間もなく開業した老舗はしばしの間、のれんを守る。

「かわいい食器ね」「こんなに安くていいの」。買い物客の声が弾む。

1メートル50センチほどの木製の長机に、茶碗やお皿がびっしり並ぶ。営業時間は午前10時ごろから日が落ちるくらいまで。

店構えはすっかり変わったが、交代で店番する店主の松田信常さん(81)、妻の京子さん(76)、次男の啓さん(52)が常連客に向ける笑顔は変わらない。

8月8日午後、近くの店舗から火の手が上がり、松田陶磁器店も被災した。貴重品を持って裏口から逃げるのが精一杯だった。自宅を兼ねた木造2階建ての店舗は2階天井が焼け、商品の上に崩れ落ちた。

陶磁器はほとんどが割れ、木の茶碗やプラスチックの箸は燃え尽きた。「やめるのは惜しいが、建て替えるお金もなく、再建は難しい」。廃業を余儀なくされた。

それでも無事だった食器があった。すすで真っ黒に汚れた茶わんや皿を金タワシで1枚ずつ洗うと、元の絵柄や光沢が戻った。「商品が残っているのだから最後まで営業しよう」。焼け跡で在庫を売り切ることを決め、9月30日、約2カ月ぶりに店を開けた。

戦後間もないころ。物が少なかった当時は統制経済で、売れるものは限られていた。ただ陶磁器は自由に売ることができ、店を開いたという。以来約60年。六角橋商店街の一角で和洋中の食器を扱ってきた。

「六角橋でずっとやってきたという信用があるから、この場所(跡地)で店を開いている。こうして残った商品を安く出し、六角橋のお客さんに使ってもらえればうれしい」。啓さんにはそんな思いがある。

現在、3人は店から約200メートル離れた親類の家に身を寄せている。台車で2往復して商品を運ぶ毎日だ。「いつまで続くかわからないけれど、ぜひ足を運んでほしい」。京子さんは食器を新聞紙に包みながら、笑みを浮かべた。

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