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野村香さん行方不明20年、帰り待つ両親「一緒に誕生日祝いを」/横浜

社会 | 神奈川新聞 | 2011年10月1日(土) 12:00

両親の節二さんと郁子さん。ランドセルなど、香さんの持ち物は当時のままにしている
両親の節二さんと郁子さん。ランドセルなど、香さんの持ち物は当時のままにしている

1991年、当時横浜市旭区の市立本宿小学校3年生で8歳だった野村香さんの行方が分からなくなってから、1日で20年がたった。県警は8月末まで延べ9万人以上の捜査員を投入し、捜査を行っているが、有力な手掛かりは見つかっていない。「事故なのか、誘拐なのか、それすら分からない。原因を知りたい」。両親の節二さん(63)と郁子さん(58)は、娘の帰りを待ち続けている。

「今の香を想像できない。元気でいれば28歳。町ですれ違っても気づかないかもしれない」。節二さんが伏し目がちに言う。

行方が分からなくなったのは、自宅から書道教室に向かう途中だった。

周囲は20年で様変わりした。新しい住宅が並び、書道教室だった場所はクリーニング店になった。だが、両親の心の中の香さんは8歳のままだ。

節二さんは行方不明後の1カ月間、会社を休み、電話を待った。郁子さんは家にこもった。

「もしかしたら、事情を知る人が客を装って様子を見に来るかもしれない」。玄関にボイスレコーダーとノートを用意し、宅配業者など自宅を訪れた人とのやりとりをつぶさに記録する生活を数年続けた。

宗教団体も訪ねてきた。「本尊で拝めば娘さんは帰ってくる」「居場所が分かった」。自称霊能者に言われた場所をすがる気持ちで見に行ったこともあった。何を信じていいのか、分からなくなった。

「3年2学期用」の漢字ドリルは書きかけで止まっている。「途中だったんだよな」。節二さんがページを繰った。筆箱の中の鉛筆は塗料が溶け、隣の消しゴムとくっついていた。

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在籍していた小学校の保護者と教職員らでつくった「香ちゃんをさがす会」はすでにない。「長期化して申し訳ない」との両親の思いを受けて、10年前に解散したという。

「忘れられない。記憶の中で固まっていて、これからもずっと消えないと思う」。当時の校長、及川昭さん(75)は香さんとの思い出が脳裏に焼き付いている。

校庭の鉄棒でぐるぐる回っては尻もちをつく香さんに、校長室の窓から声を掛けた。「校長先生、5回できたよ」「次は7回やってごらん」。そんな会話をよくした。

20年前の10月1日は午後から雨だった。「どうしているかな」。雨が降るたびに思いを巡らす。

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現在、本宿中学校の生徒や区内のボランティア団体らが、年数回チラシを配るなどして情報提供を呼び掛けている。ことしも今月予定されている。

節二さんは定年を迎え、青森県の祖父母は亡くなった。姉の梢さん(30)は子どもに関わる仕事をしている。

「香が帰ってきてから一緒にお祝いしたい」。節二さんは誕生日の3月30日が来ると、情報提供を求めるポスターの年齢の欄に上から紙を貼り、ひとつ年齢を加えている。

◆野村香さん行方不明事件

1991年10月1日午後3時50分ごろ、自宅から約540メートル離れた書道教室に向かう途中、行方が分からなくなった。県警は「所在不明事件」として特別捜査本部を旭署に設置し、8月末まで延べ9万756人の捜査員を動員。同月末まで3121件の情報が寄せられているが、年々減少し、ことしは数件にとどまる。情報は旭署電話045(361)0110。

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小学2年生のころの野村香さん=家族提供
小学2年生のころの野村香さん=家族提供

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