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海老名の宝「残ってうれしい」、郷土資料館の保存訴えた市民クラブが解散/神奈川

社会 | 神奈川新聞 | 2011年9月1日(木) 16:50

移築なった温故館とかつての温故館くらぶの中心メンバー=海老名市国分南
移築なった温故館とかつての温故館くらぶの中心メンバー=海老名市国分南

歴史ある郷土の建築物を守るために立ち上がった海老名市の市民クラブが、その存続を見届けて解散した。メンバーは約5年間の活動を振り返り「ずっとハラハラしていた。形だけでも残ってうれしい」と、納得の表情を浮かべた。

7月に解散した「温故館くらぶ」(岩崎春江代表)は、1918年に建てられ、関東大震災にも耐えた市立郷土資料館温故館(旧海老名村役場)=同市国分南=の保存を訴えてきた。

発端は2006年の耐震診断。同館は震度6以上で倒壊の恐れが高いと判定され、休館した。国史跡である相模国分寺跡内にあり、増改築はできなかった。取り壊しか保存かで市議会は揺れた。

ここを拠点に活動していた海老名史跡ガイドボランティアら有志が保存活動に乗り出し、署名運動を展開。1カ月半で4千を超える署名を集めた。

保存請願とともに市議会に提出。メンバーの井出操さんは「これでよし、と思った」というが事態は単純ではなかった。請願は継続審議となり、一向に結論が出なかった。その間、メンバーが07年に温故館くらぶを発足、歴史的価値を探るための勉強会を重ねた。

事態がようやく動きだしたのは08年。12月市議会で移築・保存が明らかにされた。しかし、「まったく新しいものになってしまうのではないか」との危惧もあり、10年夏から始まった移築・復元工事の監視を続けた。

工事は11年3月に終了。旧材の使える部分は残し、外観はそのまま。4月に再オープンした。岩崎代表は「温故館が好きで始めた運動だったが、勉強を重ねて市の宝だと再認識できた」と歴史的価値を強調する。

同館は、村役場として完成した後、町役場、工場、商工会議所として利用された。かつて海老名尋常高等小学校校庭にあった「温故館」の名を継ぎ、1982年から現在の呼称になった。

初代の温故館を建てた海老名小学校長の孫の中山春樹さんは、関東大震災にも耐えた建物の検証の必要性に触れ「温故知新の後半の“知新”に取り組んでもらいたい」と歴史の教訓を現代に生かす姿勢を訴える。

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