
【時代の正体取材班=田崎 基】政府が近く閣議決定する、犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」と同じ趣旨の「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案。この法案を巡り、刑事法学者160人(2月25日時点)が反対声明を打ち出した。呼び掛け人の中心にいる京都大の高山佳奈子教授(刑事法)は、迫る危機に「いま国会運営が極めて怪しい状況。学術的な抵抗では足りない」と、かつてない規模で立ち向かう。そして、法案にこだわる為政者の思惑を照射する。
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これまでも「共謀罪」を巡って刑事法学者や弁護士らが反対声明を出してきた。私はそれに加わってこなかった。ひたすら学術的な取り組みとして論文上で反対の論理を組み立ててきた。
だが、いまの政治状況を踏まえると全くそれでは足りない。今回の声明への賛同者は左派陣営だけでなく、外国法や国際刑事法を専門とする学者、さらに右派陣営へも広がっている。
呼び掛け人の7人は全員、日本刑法学会の現役理事から名乗りを上げた。
160人が賛同しているが、これはおそらく安全保障関連法制のときほぼ全ての憲法学者が「違憲」と断じたのと同じ状況だろう。政治的に相当保守で右派の立場を取っている研究者も名を連ねている。
いま政府が成立させようとしている「共謀罪」は刑事法学的にそれほどおかしいという証左でもある。
「危険」なき段階で
刑事法学において功利主義に立つ私の立場からすれば、共謀罪については「実益」を検証することになる。これはメリットとデメリットを衡量(比較)して法政策を決めるべきという考え方だ。
共謀罪の立法で非常に治安が向上し、一方でデメリットがほぼなければ、積極的に立法を検討すべきだ、という結論になる。
だが、全く逆の評価とならざるを得ない。
日本における組織犯罪対策は共謀共同正犯(複数人で犯罪を共謀し実行した場合、一部実行者だけでなく実行に参加しなかった共謀者も共犯と見なす)という法理論を採用し、広範に捜査の手が及ぶようになっている。
また諸外国と比較しても現行法上、予備や準備、陰謀の段階を広く処罰している。さらに「抽象的危険犯」(法益の侵害がなされる恐れがあれば犯罪とする)の形で、「武器」や「化学薬品」「危険物」の所持や取り扱いを極めて広く犯罪と規定している。例えば銃刀法では正当な目的なしに刃体の長さが6センチメートルを超える刃物を携帯してはならないと規定している。
つまり、危ないものについて現行法はほぼ網羅的に規制が及んでいる。さらに処罰範囲を広げるというのは、危険物が存在しない段階で処罰することになる。
このような状況を踏まえると「共謀罪」の成立によって新たに守られる治安はほとんど想定し得ない。
一般人も摘発対象
それでも共謀罪の成立が危険防止につながるのだ、という理屈は理論上は成り立つだろう。
だが実際にそのような効果を上げるには、危険が存在する前の段階を発見しなければいけない。そのために何をするか。
菅義偉官房長官は「(共謀罪の捜査について)通信傍受の対象としない」と言っているが、危険物が存在しない段階で摘発するのであれば一体どうやって捜査するのか。現実に運用しようと思えば24時間体制で監視しなければならない。
それでも「監視しない」と言うのであれば、警察当局が「疑わしい」と判断した段階で強制捜査ができるようにするしかない。怪しい人を「疑わしい」だけで逮捕や家宅捜索することになる。
こうした運用は、何も根拠のないところから予測しているわけではない。現行法も実に恣意(しい)的に使われ、強制捜査や逮捕が行われているからだ。
全く危険を生じさせていない場合でも逮捕し、強制捜査し、また極めて軽微な犯罪をことさら書類送検するケースが散見される。
共謀罪が成立すると、反政府勢力が摘発される、という見方があるが、私はその限りではないとみている。より一般的な人たちが対象になるとみている。

テロは法整備済み
政府は国際組織犯罪防止条約の批准には「共謀罪」が必要と強調するが、日本のこのような独特の法体系や処罰対象を踏まえると、条約が求める刑事法整備のレベルは当然に満たしているといえる。
そもそも、条約はテロ対策を目的とするものではないにもかかわらず、「テロ等準備罪」と名称を変えている点も法整備のおかしさをにじませている。