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災害時の遺族ケア(上) 苦悩知る安置所訓練

社会 | 神奈川新聞 | 2017年2月19日(日) 09:36

遺体安置所での対面を想定した訓練。遺族役の悲痛な声が響いた=1月25日、鶴見公会堂
遺体安置所での対面を想定した訓練。遺族役の悲痛な声が響いた=1月25日、鶴見公会堂

 突然家族を奪われ、絶望する遺族にいかに寄り添うか-。災害医療の現場で忘れられがちな遺族ケアの仕組みを定着させようと、神戸の医師らでつくる「日本DMORT(災害死亡者家族支援チーム)研究会」が発足から10年を経て、活動の幅を広げている。今年1月には、遺体安置所の運営に携わる自治体職員向けの研修を横浜で初めて実施。悲嘆に暮れる遺族の不安を和らげ、長期にわたって支えていくことの大切さと難しさを伝えながら、「あなたにもできることがある」と問い掛けている。 

 「何かの間違いじゃないのか。市の建物でしょ。なんでこんなことに」

 横たわったまま動かない高校生の息子を前に、父親が職員に詰め寄る。返す言葉を見つけられない職員に対し、父親はさらに声を荒らげる。「何とか言ったらどうなんだ」。職員は十分な説明ができないまま、制限時間の5分がすぎた。

 1月25日、横浜市鶴見区の鶴見公会堂で開かれた遺族ケアの研修会。市の防災計画で遺体安置所を運営する役割が定められている各区の福祉保健センターの職員が5人ずつのグループになり、2人が遺族役、1人が遺体役、2人が職員役に分かれて、遺体安置所での対面を想定した訓練に臨んだ。

 遺族役の父親が声を荒らげたグループの場合は、授業中に大地震に遭った高校生が校舎の倒壊と火災に巻き込まれて焼死したとの想定。遺体の損傷が激しく、歯形や歯の治療痕で身元が確認されるという、遺族には受け入れがたい悲痛な場面だった。

 遺族役がどんな反応を示し、何を発言するかは職員役に知らせない形で訓練は始まる。その中で遺族の気持ちをどう受け止め、あるいはどのような情報を提供するか。慎重に言葉を選ばなければ、遺族の不安は増幅しかねない。やり場のない怒りや責任追及の言葉を浴びせられることもあり得る。

 張り詰めた5分間を終えた職員役の2人は、率直に感想を述べた。「父親がすごいけんまくでなすすべがなかった」「怒りに押しつぶされて直立不動になってしまった」

 訓練を間近で見ていた日本DMORT研究会代表の吉永和正救急医(68)は指摘する。「的確な対応で遺族に寄り添うことができればそれは大きな経験だが、同じような場面で再び通用するかは分からない。遺族ケアに正解はない」。事務局長の村上典子・神戸赤十字病院心療内科部長(53)も「こんなにしんどいことはできないと思ったかもしれない。でも、災害時は自分が遺族に対応をするという覚悟を持つことが一番大切」と、イメージを膨らませておくことの重要性を説いた。


  

なぜ、遺族ケアが必要なのか

 
 なぜ、遺族ケアが必要なのか。

 その理由は12年前にさかのぼる。2005年4月に兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線脱線事故。乗客ら107人が死亡した凄惨(せいさん)な事故の現場では、傷病の程度から搬送の優先順位を決める「トリアージ」が実施された。トリアージが行われると、患者には重症度の高い順に黒、赤、黄、緑の4種類のタグが付けられる。

 脱線現場の対応は救急医療の立場からは適切だったと評価されたが、村上さんは事故の半年後、18歳の息子を失った母親の抱える苦悩を思い知らされる。「息子さんは『黒』でしたからと言われ、それを受け入れるしかなかったけれど、病院に運んでもらっていたら助かったのではないか」

 黒が意味するのは「死亡または救急不能」。救う側のマンパワーや受け入れ態勢が十分なら黒でも搬送されるが、脱線事故では少しでも助かる見込みのある命が優先され、黒の付けられた約100人は搬送されることなく現場で息を引き取った。

 遺族の苦悩に触れ、「家族がいることを忘れてはならない」と気付かされた村上さんは、「その思いにもっと寄り添うべきだ」と学会で発表。「けがをした人は回復していくが、遺族はむしろどんどん悪くなっていく。でも初期対応次第では、遺族がどん底に落ちるのを防げる」。村上さんの発表に心を動かされた吉永さんが代表に就き、06年に研究会が立ち上がった。

 当初は意識啓発が主で、医療関係者向けの研修を開始したのは10年から。これまでに700人近くが受講しているが、被害が広域に及び、あちこちに遺体安置所が設置された東日本大震災は対応が難しく、専門家を派遣することはできなかった。そもそも、犠牲者の個人情報や遺体の取り扱いなど慎重な対応が求められる安置所には、医師といえども容易に立ち入れるものではない。

  

熊本地震が大きな一歩に

  
 大きな一歩を踏み出せたのは、昨年4月の熊本地震だった。日ごろから訓練などを通じて連携している兵庫県警被害者支援室の後押しで熊本県内の遺体安置所に看護師らを派遣。遺族17組に対してケアを行い、地元に対応を引き継ぐことができたという。

 深刻な災害が各地で多発する中、遺族ケアの必要性が理解されるようになり、研究会の認知度も徐々に高まってきた。そうした中で企画されたのが、横浜市職員に対する研修会だった。人命救助や職員の参集、災害対策本部の運営や被害情報の収集といった訓練はよく行われるが、遺族ケアという視点を組み込んだ遺体安置所の訓練は自治体にノウハウがなく、機会がなかった。

 しかし、「災害が起きれば、そうした場面に必ず遭遇する。心の準備をしておかなければならない」。手応えをつかんだ吉永さんはそう呼び掛け、今後の訓練や研修の展開に期待。研究会を一般社団法人化し、活動をさらに広げていくつもりだ。

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