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原発避難、横浜で警官に 22歳「助ける側に」

社会 | 神奈川新聞 | 2017年2月12日(日) 02:00

拾得物を届けに交番を訪れた人から話を聞く渡辺さん(右)=横浜市鶴見区
拾得物を届けに交番を訪れた人から話を聞く渡辺さん(右)=横浜市鶴見区

 今度は自分がみんなを助ける役に-。そんな思いを胸に、神奈川で新たな人生を歩む若者がいる。鶴見署地域課巡査の渡辺亮太さん(22)。東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故の影響で、高校1年の時に福島から横浜に避難。高校卒業後、神奈川県警に入った。古里での就職と迷う中、背中を押したのは「自分を受け入れてくれた神奈川に恩返しがしたい」との思いだ。「将来は災害現場に駆け付け、直接的な支援がしたい」と力を込める。

 渡辺さんは福島県田村市都路町の出身。「森しかない『ザ・田舎』。だけど空気がきれいで食べ物はおいしい。夜は星が見え、本当に良い所」。思い出の詰まった古里だ。

 そんな暮らしが一変したのは高校1年の春。自宅が避難区域に指定され、祖父母と父を残し、親戚の住む横浜市泉区に母ら家族5人で転居した。

 「福島で着ていた制服で登校すると『放射能が付いている』と避けられるのではないか」。当初、渡辺さんの胸に去来したのは「風評被害」への懸念だった。「福島県出身です」。転校先の高校で不安を押し隠しながら自己紹介したが、掛けられた言葉は温かさに満ちていた。「よろしくね」「震災、大変だったね」-。杞憂(きゆう)だった。

 自身も不安を抱えていたからこそ、報道される避難児童・生徒へのいじめ問題に心を痛める。「(避難してきた人たちは)何か悪いことをしたわけではない。悲しいことだが、いじめに負けずに頑張ってほしい」

 一方、諦めたことがある。小学3年から野球を続けていたが、横浜では部活に入らなかった。夏休みなどの長期の休みには家族が残る福島に帰るためだ。「続けたいという気持ちはあったけれど、他の部員に迷惑をかけたくなかった」と振り返る。

 震災を機に生活が一変した渡辺さん。警察官に憧れを抱くきっかけとなったのも、やはり震災だった。人通りのなくなった福島の街をパトロールし、持病などで避難したくてもできないお年寄りを見守る姿に、自らの将来像を重ね合わせた。

 高校卒業後の2014年10月、神奈川県警に入り、初任地は鶴見署。現在も同署管内の交番勤務員として、防犯指導や交通違反の取り締まりなどさまざまな事案への対応に忙殺される毎日を送り、「同じような110番通報でも対応の仕方は毎回違う。どう対応をすべきかを常に考えながらやっていくことが難しい」。ただ、最近は立ち番からパトロールまで幅広い交番業務を一人で任される機会も増えたといい、「やりがいを実感しています」と笑顔を見せる。

 将来の目標は、県警の広域緊急援助隊の一員として、国内の災害現場で人命救助の職務に就くことだ。そこには、不安を抱え福島から避難してきた自分たちに分け隔てなく、温かく接してくれた人たちへの恩返しの思いが込められている。

 「震災を経験し、『これからどうなるのだろうか』と恐怖を味わった。そんな自分だからこそ、人に寄り添える警察官になりたい」

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