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いじめや差別体験…心の叫び赤裸々に、日系ブラジル人3世の講演に反響/神奈川

社会 | 神奈川新聞 | 2011年1月17日(月) 00:15

日本に住む日系ブラジル人として、自ら歩んできた32年間を語り歩く男性がいる。日系3世の具志アンデルソン飛雄馬さん=津市。いじめや外国人差別などの経験を赤裸々に語る講演は全国の学校や会社で反響を呼び、昨年で800回を超えた。「同じ人間として認めてもらいたいだけなんや」。6日に川崎市川崎区で開かれた講演会では、心の声が響いた。

「今から文字を書き写してください」。講演会の冒頭、具志さんは集まった約70人に呼び掛けた。画面に映し出されたのはアラビア語、ベンガル語…。ペンと紙を手にした参加者は初めて見る言語にあたふた。それは、11歳で来日して間もないころ、小学校の教諭から「黒板の文字を書き写せばいい」と言われたときの自らの反応と重なった。

1978年、ブラジルのサンパウロ生まれ。入管難民法が改正され、日系2、3世とその家族に3年間滞在が可能な「定住者」ビザが発給された90年、一家6人で来日し、数年を経て定住権を手にした。

だが“母国”で待っていたのはいじめと差別だった。日本語がうまく話せないと分かると、周囲はすぐに異質扱いした。「おまえは日本人みたいな顔をした外人だ。国へ帰れ」。ブラジルでは「ジャパニーズ」で、日本では「外国人」と言われる。「訳が分からなかった」。中学卒業後、仕事に就こうと思っても名前を口にした途端、断られた。どこにも居場所がない。疎外感から、けんかに明け暮れるようになった。傷害事件を起こし逮捕もされた。

人生を変えたのは、自らを認めてくれる人との出会いだった。父親の紹介で知り合った会社社長は自分の話を何も言わず聞いてくれ、仕事のチャンスを与えてくれた。99年、2000年に生まれた2人の子どもは、生きる希望をくれた。

02年、小中学校で子どもたちの日本語指導やサポートをする、三重県国際化対応教育指導員に就任。06年には、NPO法人「多文化共生NPO世界人」を立ち上げ、全国で講演する。驚くのは先々で「同じ経験や思いをした」という子どもがたくさんいること。かつて、“ヤクザ”を名乗る一人の在日コリアンに言われた一言が思い起こされる。「俺ら(外国人)は、どんなに頑張ってもまともに生きられないんや」

講演を始めて10年。日系4世が日本で生まれ育っている一方で、不況で職を失い日本を離れざるを得ない家族が増えている。「日本語しか知らない子どもたちが、今度はブラジルで壁にぶつかっている」と具志さん。「これから育つ子どもたちには自分と同じ思いをさせたくない」という思いは一層強まっている。

11歳と10歳に成長したわが子もまた、守るべき存在だ。最近、10歳の長男はおもしろいことを口にした。「僕は日本とブラジルにルーツがあるけれど、その昔の祖先はいろいろな国につながる。だから、僕は何人って聞かれたら世界人って言うんだ」。シンプルかつ明快な答え。具志さんは笑う。「おかしかったけれど、当たり前のことのように思うんです」

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