相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され27人が重軽傷を負った事件で、横浜地検は元施設職員の容疑者の男(26)の刑事責任能力を調べる鑑定留置を起訴前に請求する見通しだ。責任能力が認められるかどうかは、事件で「唯一の勝負どころ」(捜査関係者)。地検は複数の精神科医の意見を聞くなどして、戦後最悪とされる殺人事件を引き起こした容疑者の“心の闇”の解明に努める。
「職員の少ない夜勤に決行致します。重複障害者が多く在籍している2つの園(津久井やまゆり園、別の園=原文は実名)を標的とします」
容疑者の男は今年2月、犯行を予告した衆院議長宛ての手紙を議長公邸に持参していた。実際の事件は、手紙の中で「作戦」とされた内容に沿って決行。手紙では「逮捕後の監禁は最長で2年まで」「心神喪失による無罪」とも記していた。
「事前に凶器を準備しているところからも、確信的だ。刑事責任能力の判断に影響を与えるだろう」。精神鑑定の経験が豊富な県内のある精神科医は、容疑者の言動からこう予測する。
容疑者の精神状態を調べるのは、刑法は刑事責任能力が認められない「心神喪失」ならば刑罰は科せず、著しく低下した「心神耗弱」ならば刑が軽くなると規定しているからだ。刑事責任能力は、善悪を判断する能力と、その判断に従って行動する能力とされており、犯行時にこの二つがどのような状態だったのかが鍵になる。
担当する医師は、事件前の生活歴や病歴、当時の考え-といった資料を基に鑑定を実施。前出の精神科医は「最終的に責任能力を判断するのはあくまで法律家で、医師の役割は参考となる情報を提供すること。医師は本人が犯行時にどのような状況だったのかをしっかりと把握することが重要だ」と強調する。
事件では薬物の影響も取り沙汰されている。捜査関係者によると、容疑者の男の尿からは逮捕後、大麻の陽性反応が出た。知人らの証言から危険ドラッグを使用していた可能性もある。
ただ、県立精神医療センター(横浜市港南区)の小林桜児医師は「大麻の乱用だけで極端に偏った障害者差別や殺人行為に至るような攻撃的な妄想が生じるのはまれと言わざるを得ない」と指摘。薬物の乱用が進めば思考や言動が滅裂となっていくことから、犯行時に施設内の入所者だけを狙うような「冷静」で「目的に沿った行動」が取れる可能性は低いのではないかとの見方を示す。
小林医師は、薬物の使用が一定の影響を与えていた可能性は否定できないとしつつも、「志望していた教師になれなかった挫折感やコンプレックス、職場での徒労感や心理的孤立の蓄積などの背景や、ほかの精神障害の関与も合わせて考えるべきだろう」と話している。
捜査幹部は今回の事件で起訴前の鑑定留置を検討する理由として、責任能力の有無や程度を調べるほかにも「大量殺人という尋常ではない犯罪の背景を明らかにする必要がある」と説明する。
容疑者の男が逮捕後の調べに、「障害者なんていなくなればいい」などと独善的な主張を繰り返していることに、「本当にそう思っているのか。本心ならばなぜそう考えているのか。専門家の意見を聞いてみたい」と指摘。事件の真相解明に、容疑者の精神状態を把握することは「不可欠」とみている。
精神鑑定で責任能力が認められなければ、刑事責任は問えない。検察は不起訴処分とし、心神喪失者等医療観察法に基づく審判開始を申し立て、裁判官や専門の医師の関与の下、必要な処遇を受けさせることになる見通しだ。
地検幹部は「どのような処分を行うにせよ、きちんと説得力のある説明ができるかが重要。法律家としての見方を伝えるなど、医師ともしっかり議論を重ねていきたい」と話す。
鑑定留置 容疑者、被告の刑事責任能力を調べるための措置。起訴前に検察側が請求して実施するものと起訴後に裁判所の判断で行うものの2種類がある。鑑定には2~3カ月程度の期間が必要。一般的には精神科病院に入院させて本人の様子を観察するほか、知能、心理検査を実施したり、精神科医が面接をして事件当時の本人の状況を調べたりして、鑑定書にまとめる。検察側の請求で行われた鑑定に対し、弁護側があらためて請求して鑑定を行い、裁判で鑑定結果が争点となるケースもある。
精神鑑定どう結論
過去の重大事件でも容疑者や被告の精神状態が焦点となって鑑定が行われ、動機の解明などに役立てられてきた。