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52年前の米軍機墜落慰霊碑 「解放を」と市民が陳情

社会 | 神奈川新聞 | 2016年8月31日(水) 17:20

事故現場の国有地内に立つ慰霊碑。フェンスが参拝者を隔てる=大和市上草柳
事故現場の国有地内に立つ慰霊碑。フェンスが参拝者を隔てる=大和市上草柳

 52年前に大和市で発生した米軍機墜落事故で、市民団体が事故現場に建てた慰霊碑への立ち入りが制限されている。事故後に国有地化されたためで、慰霊祭も国に使用料を支払いながら続ける。市民団体は、市が敷地を借り上げて慰霊公園として開放するよう、8千人余りから集めた署名を添えて市議会に陳情した。

 「米軍機墜落犠牲者の50回忌」。大和市上草柳の雑木林に、高さ3・5メートルほどの木製の慰霊碑がそびえる。四つの市民団体による慰霊実行委員会が、事故後50年が過ぎた2015年3月に建てた。手を合わせる実行委事務局長の久保博夫さん(65)を隔て、背丈を超えるフェンスに囲まれていた。「目の前まで近寄れず、献花もできないんです」

 米海軍厚木基地の滑走路北側から約700メートル離れたこの一帯に、「舘野(たての)鉄工所」があった。1964年9月8日、同基地を離陸した空母艦載機F8Cクルセイダーがエンジントラブルで墜落し、鉄工所を直撃。5人が死亡し、3人が負傷した。

 現場の慰霊碑を隔てるフェンスは、国が事故直後に鉄工所跡地を買い取った名残だ。もともと古い慰霊碑が無許可で建てられていたが、実行委が1・5メートル四方の土地を年間1万円ほどで国から借り受けて再建した。毎年9月に開く1時間ほどの慰霊祭も、1万5千円余りの使用料を支払って続けている。

 実行委は自由な参拝を目指し、市が一角を借り上げて慰霊公園化するよう求めている。2015年12月に集め始めた署名は今月、目標の5千筆を超える8269筆に達し、陳情書とともに市議会に提出した。9月1日から始まる定例会で審議される見通しだ。

 実行委共同代表の宮応勝幸さん(73)は「あまりにも悲惨な事故で、立ち入りが許されない現状は不条理だ。現場の開放が事故の風化を防ぐ機運につながる」と話す。

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