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共感の旅~次世代につなぐ~(下) 刻まれた交流の未来 日本人、韓国人、在日が一つに

社会 | 神奈川新聞 | 2016年8月15日(月) 10:12

南さんら卒業生が見守る中、日本語で自己紹介する富川側の高校生フォーラムの朴さん
南さんら卒業生が見守る中、日本語で自己紹介する富川側の高校生フォーラムの朴さん

 タブーを作らず、国籍にもとらわれない。何でも話せる友人になりたいからこそ、日韓の歴史や政治問題も真正面から受け止め、対話を重ねる。川崎市と韓国・富川(プチョン)市の高校生による「川崎・富川高校生フォーラム・ハナ」では、そうした交流を2000年から続けてきた。ハナを始めた最初の世代でもある、川崎出身の鈴木裕子さん(33)と富川のナム・ウヒョンさん(31)はその中で出会い、結婚した。

 鈴木さんは川崎を離れ、初めて自分が何者かを考えるようにもなった。「日本大使館前で行われている従軍慰安婦のデモに参加した時、『日本人だ』と言われ、はっとした。なに人かなんて意識したことがなかった」。だからこそ逆に、ハナに参加する高校生から「日韓交流」という言葉を聞くと、違和感を覚えた。「川崎には在日コリアンも、ほかの国にルーツを持つ人もたくさんいる。誰もが自分の居場所に迷わないよう、高校生には『川崎と富川の交流だよ』と伝えています」

 夫婦は卒業生としてハナの活動を支えながら、多世代が触れ合う市民交流会のメンバーにもなった。7月21日から5日間、両市の友好都市提携20周年記念で訪韓した川崎側の市民交流会のために、全日程で案内役と通訳を担当。夫婦以外にも、ハナを卒業した大学生や社会人らが駆け付けてサポートした。若者たちの「何でも話せる関係に」という思いが、現地での交流を支えた。

 ■葛藤
 訪韓2日目、訪問団は両市の図書館交流会のセミナーに参加し、富川市内で活動する団体や施設も見学した。富川側の市民交流会運営委員長、金(キム)範龍(ボムヨン)さんは、自身が常任理事を務める民間財団「富川希望財団」を紹介。公務員や市議から給料の端数が寄付されていたり、財団運営のために人件費を寄付してくれる人がいたりと、盛んな寄付文化に驚きの声が上がった。

 北朝鮮からの脱北者が韓国社会に定着できるよう支援する、国の指定機関「ハナセンター」も訪問した。携帯電話の使い方からバスの乗り方、韓国の法律、標準語などを学んだり、就職に向けた面接練習などさまざまなプログラムがあるという。正月やお盆には、孤独感を解消するために行事を開くなど心のケアも行っている。担当者は言う。「青少年には学習支援をしているが、北朝鮮で習う歴史と韓国で習う歴史は違う。『間違っているのか』とがっかりしたり、変に思ったりすることもある」


 日本でもあまり知ることのできない、脱北者の実情。訪問団からは率直な質問が相次いだ。「韓国では、脱北者のことを最初は温かい目で見ていたが、数が増え、そうでもなくなったと聞いた。そうした変化はあるのか」。施設担当者は少し考え、答える。「影響はある。最初は1人で来て、よく頑張ったと歓迎する雰囲気だったが、今は家族と一緒に大勢で来ることがある。昔はすぐに支援金を出していたが問題となり、今は自分から就職し、適応しようと努力することが求められている」。その後も質問は相次いだが、南さんはどんな質問にもためらわず、丁寧に通訳した。

 夜は20周年の記念行事として、昭和音楽大(川崎市麻生区)の卒業生らでつくる「テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ」と富川のオーケストラによる合同演奏会が開かれた。訪韓した楽団員の1人に、在日コリアン3世のコントラバス奏者、金(キム)仙衣(ソニ)さん(23)もいた。

 金さんはこれまで、韓国に旅行することはあっても、同世代の韓国人と交流することはなかった。音楽を通じ、初めてその機会を得た。演奏後、金さんは興奮気味に喜びを表した。「思っていた以上に感動した。言葉が通じなくても、一緒になって演奏できるんだと。コントラバス奏者は女性なのに音量が大きくて驚いた」。音楽の面で共通する部分もあったが、弾き方や音には民族性の違いも感じ、新鮮だった。「本当にいい機会だった。今度はゆっくり、韓国の演奏家と会話がしてみたい」

 ■価値
 訪問3日目は、富川側の高校生フォーラム・ハナのメンバーを訪ねた。両市の高校生は夏に富川、冬は川崎に集まり、これまでに歴史教科書や従軍慰安婦、靖国神社、竹島(韓国名・独島)といったテーマで議論してきている。

 川崎の高校生との交流を要望したのは、卒業生として今回の訪問もサポートした金(キム)永俊(ヨンジュン)さん(33)だ。「高校の部活では本で日本のことを学んでいたが、直接会って知りたいと思った。先進国だった日本の人の考え方や価値観を知り、発展の方法を学びたかった」。だが実際に交流していくうち、自身の価値観は変わった。「経済的な部分ではなく、共に暮らす方法に関心が向くようになった」

 そうして始まった交流で、高校生たちに新しい考えや価値観が生まれてきた。大学でも日本のことを学びたいという高校2年のパク・ジュンヒョクさん(17)は、ハナを通じて在日コリアンに関心を持った。「それまでは、在日コリアンとはどういう存在なのだろうと思っていた。会ってみると、何か悩みがあることを知り、心が痛んだ」。フォーラムでは、日本人と韓国人、在日コリアンの3者がハナ(韓国語で『一つ』)になることを目指している。

 今回の20周年を記念し、富川市内の公園には市民交流会の記念碑が建てられた。同日に開かれた除幕式で、富川側の市民交流会共同代表、李(イ)時載(シジェ)教授は力を込めた。「今までいろいろな交流活動をしてきたが、これからはハナといった若い世代が中心となり、交流していくことを期待している」。両市の市民交流会が誓い合い、記念碑にも刻まれた「すべての歴史を直視し、克服と和解の重要性を認識した交流」をまさに受け継ぐ若者たちへの期待は、訪問団の思いと同じだった。

 交流を終え、南さんと鈴木さん夫婦は声をそろえた。「自分たちが好きで始めた交流だったが、今は大人たちがやってきた交流を受け継いでいるんだと実感している。両市の文化として根付くよう、これからも交流を支えていきたい」


市民交流会の記念碑を前に、刻まれた言葉を読み上げるメンバーら=7月23日、韓国・富川市
市民交流会の記念碑を前に、刻まれた言葉を読み上げるメンバーら=7月23日、韓国・富川市

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