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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈360〉条例はなぜ必要か(上)国際基準となお隔たり

社会 | 神奈川新聞 | 2016年7月22日(金) 11:23

国際人権条約を解説する阿部教授=7日、川崎市川崎区
国際人権条約を解説する阿部教授=7日、川崎市川崎区

 特定の人種、民族に対する差別をあおるヘイトスピーチを巡り、規制条例の制定を求める声が川崎市で高まっている。ヘイトスピーチ解消法が施行され、市内ではヘイトスピーチを繰り返す男性が主催したデモが中止に追い込まれた。それでもなお、条例はなぜ必要で、求められるのはどのようなものか。市民グループの学習会と市人権施策推進協議会で始まった審議から考える。

 「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」が7日に開いた学習会。講師を務めた神奈川大法科大学院の阿部浩己教授(国際人権法)がまず説いたのは、人権を守るための国際基準だった。

 国際人権条約は、人間が人間であることを前提とし、世界中どこでも等しく差別をされないというグローバルスタンダードを示すものだ。条文は一見、無機質で面白みのないものだが、人間の経験、不条理に対する怒りがくっきりと刻み込まれている。人々が生きてきた地域、職場、家庭といった身の回りの出来事を背景にしている。だからこそ、条約は私たちの身近なところで生かされ、使われなければ意味がない。

 それは実際に使えるようになっている。憲法98条に示されているように、条約は私たちの国内法でもある。そのことをまず知っておく必要がある。

 人種差別撤廃条約第2条1項(d)
 各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。
 自由権規約第20条2項
 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。


 へイトスピーチは人種差別撤廃条約、自由権規約に違反する行為だ。条約に加入している日本でヘイトスピーチはすでに許されないものになっていた。ヘイトスピーチ解消法は、そのことを法律という形で確認したものといえる。

 6月3日施行の解消法はヘイトスピーチは許されないと宣言し、国や自治体に解消へ向けた取り組みを求める。いわゆる理念法で、禁止条項と罰則規定は表現の自由との兼ね合いから盛り込まれなかった。一方、付帯決議では、被害が深刻な自治体は「施策を着実に実施する」と強調されている。

 国際人権条約が示す国際基準で重要なのは、何人もヘイトスピーチを受けない権利があるということだ。この基本的人権を最も必要とするのは、実際に差別を受け、敵意や暴力の対象となる集団であり、ほとんど例外なく少数者(マイノリティー)である。

 締約国の大半は何らかの規制をしており、そこが日本と決定的に違う。国際人権法上、表現の自由は絶対のものではないと考えられている。表現の自由は一定の制限に服するということはまったく疑問がない。ヘイトスピーチの規制は正当なもので、法律で禁止し、規制しなければ自由権規約20条2項違反になる。

 その意味でヘイトスピーチ解消法は禁止規定のない理念法であり、20条2項の要求に合致するものではない。同項を根拠にわれわれは法の制定を求めることができる。

 人権とは闘い取られてきたものだ。人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果が人権であり、それを保持するため世界各地で積み重ねられてきた闘いの結晶として、たくさんの人権条約がある。


 人種差別撤廃条約はアパルトヘイト(人種隔離)を中心とする人種差別を撤廃したいと考えるアフリカの人々の声が基になった。自由権規約はホロコーストの経験を踏まえ、人間の平等、生命を損なう戦争と差別を規範の力でなくそうと条文が導かれた。条約ができた1960年代は欧州でネオナチズムが台頭し、人種差別に対する警戒心が高まっていた。米国でも公民権運動が起き、黒人差別を是正するという動きが高まっていた。

 そうした人々が克服したいと考えた不条理の一つにヘイトスピーチがある。人々の経験がそれを必要とし、条約に刻み込まれた。それを知り、生かし、拡充していくことが必要だ。

 近年の情勢からヘイトスピーチ規制の動きは国際的に拡充されてきている。米国を中心とする対テロ戦争により、特にイスラムの人々に対する差別が欧米諸国で先鋭化している。これを受け、国連人権理事会では規制拡充へ動きだした。そして、日本でも大きな前進があった。

 川崎市が、ヘイトデモを繰り返す男性の公園利用を認めない判断を下したのは5月30日。デモの集合場所と集会に使う目的で川崎区に申請を出していた。デモは中原区に移して6月5日に実施されたが、抗議の市民がデモ参加者を取り囲み、約10メートル進んだところで主催者が中止を判断した。

 川崎市の福田紀彦市長の判断は重大なものだった。不当な差別的言動から「市民の安全と尊厳を守る」という観点で都市公園条例に基づき判断した。背景にヘイトスピーチ解消法の成立があり、被害当事者の在日コリアンや市民運動の市民ら、多くの人たちの働き掛けがあった。

 司法でも画期的な決定がなされた。6月2日、横浜地裁川崎支部は在日コリアン集住地区の川崎・桜本でのデモを禁じる仮処分を出した。人種差別撤廃条約や差別の禁止をうたった憲法14条、ヘイトスピーチ解消法の精神に鑑み、ヘイトスピーチの違法性は顕著であり、表現の自由の範囲外であるのは明らかだとしている。かつ、事後に権利を回復するのは困難だという考えが示されている。平穏に生きる権利が打ち出され、それは人格権として大切なもので、ヘイトスピーチによる人権侵害は事前に防がれなければならないとして、デモだけでなく徘徊(はいかい)までも禁止するという踏み込んだ判断であった。

 だが、主催者の男性はデモを中原区で行うことにし、デモの申請は県公安委員会に、道路の使用は県警によって許可された。

 川崎区での公園利用の不許可判断は主催者の男性がヘイトデモを繰り返してきたことから、再び人権侵害がなされる可能性が高いという判断が成り立った。しかし、中原区では男性は公園を許可がいらない集合場所として使い、デモを決行した。前歴のない人物がヘイトデモを計画した場合を含め、現行法令での規制の限界も示した。

 川崎における市長や司法の判断と県警、県公安委員会の許可という一連の出来事は、ヘイトデモを規制していく方向性とともに教訓を示している。

 不許可や禁止の判断は多くの人たちの経験、不条理への怒りがもたらしたのは間違いない。

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