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民主主義考
時代の正体〈352〉1人目の戦死者Aくん シンガー・ソングライターが映像作品

社会 | 神奈川新聞 | 2016年7月8日(金) 11:48

特殊ワンマンライブとして行われた「兵士A」で歌う七尾旅人さん(雨宮透貴さん撮影)
特殊ワンマンライブとして行われた「兵士A」で歌う七尾旅人さん(雨宮透貴さん撮影)

 茅ケ崎市を拠点としていたシンガー・ソングライターの七尾旅人さん(36)が7日、映像作品「兵士A」を発売した。近く現れるかもしれない1人目の戦死自衛官Aに扮(ふん)して歌った、昨年11月のライブを収めたものだ。確実に戦争に近づく日本を、その現実を招いた歩みを自戒することなく、上滑りし続ける平和主義の議論を、突く。

 長髪を丸刈りにし、迷彩服の自衛官姿でステージに立った。ライブの冒頭には「戦前世代」という曲を持ってきた。

 戦後生まれのお父さん、お母さん/ありがとうございました/僕たち、私たちは、大きくなりました/そして今、戦前を、戦前を生きています

 2001年のアメリカ同時多発テロを受け、04年に発表したアルバム「911fantasia」に収録した歌だった。当時、「戦前」という言葉に共鳴する声は、ほとんどなかった。

 「米ソの冷戦後、超大国アメリカによる一国支配がもたらした不思議な安定状態が、少人数によるテロで崩壊させられた」。ブッシュ大統領はテロとの戦いを掲げアフガニスタン、イラクへと侵攻した。小泉純一郎首相も同調し、自衛隊のイラク派遣で応えた。

 だが、大義名分としていた大量破壊兵器が出てこない。民間人の犠牲者は増え続け、テロも止まない。「アルバムをつくった04年のころにはアメリカ国内にも厭戦(えんせん)感が広がっていた。大国の抱える弱さが露呈し、日本の安全保障環境も変わっていくと思った」。日本国内でも右傾化、排外主義が広がりを見せていた。母国が再び戦地に向かっていく確信めいた予感があった。

 10年がたった昨年。安全保障関連法が成立した。同盟国が攻撃された場合、反撃に加勢する、集団的自衛権の行使が容認された。自衛官が戦場に立ち、人に銃口を向けることが合法化された。かつて相手にされなかった「もはや戦前」が、そこかしこで言われるようになった。そして、「兵士Aくんの歌」を作った。

 1人目の彼はどんな人だろう/1人目の戦死者Aくん/1人目の彼はどんな人だろう/何十年目の戦死者Aくん/彼は僕の友達/あれは僕の弟/彼はわたしの彼/あれはわたしの子

 強行採決を巡ってもみ合う政治家の姿が茶番に見えた。支持、反対のどちらの大衆の目線にも、ずれを感じていた。違和感を突き詰めていった。


 「一番罪を負ったとされているものを見詰めたいと思った。そこに本当に罪があるのか、あるとしたらどんな罪なのか。私たち自身はそこに加担していないのか。その様相を描写していきたいと思った。A君という青年は、非常に捉えづらいあいまいなもので、何とかして肉付けしていかないと顕在化しえない。でもアーティストがそれをサボっていたら、何も変わらない」

 祈りにも似た歌声は続く。

 僕たちは/ある朝ニュースで君のことを知る/しばらくのあいだ/君の名前は隠される/最初の数ケ月/君の名は英雄の呼び名となり/そしてやがて/君の名前は/当たり前のものになる/Aくん/Bくん/Cくん/Dくん

 「安倍政権はひどい、戦争法案反対、平和主義を守れ、と言う。目的を達成するための市民運動ならそれでいいかもしれない。ただ分かりやすい悪を設定してそれを糾弾し、自らを正義の側に置いて免罪する。そんな軽い言説が、表現が多くて、その無力さが怖い。急にこうなったわけじゃないでしょう。安倍さんのせいにして切り抜けようとしていないか。本当に、自衛官Aのことを守ろうとしている人はいるのか、と問いたい」

 ライブはA君の歌を軸に、彼の生と死を取り巻く流れを100年という時間軸で表現した。

 例えば今回の解釈改憲の以前から憲法は骨抜きにされていた。9条という「おとぎ話」。例えば米軍に武力を委託し、また後方支援という形で戦争参加しながら掲げてきた平和主義という虚像。例えば発展や豊かさへの希望として進められてきた原発政策と、東日本大震災による事故。例えば途上国では少年兵が銃を持ち、先進国では軍事用ロボットが当然の存在となった今の戦争の現実。

 地続きの歴史の先にA君という存在、彼が殺した人、そしてその死がある。「そうした過去や経緯を自戒していくことが、日本には圧倒的に足りていない」。その実相を歌で、音で、映像で、表現で、縁取ろうともがいた。優しく透明な美声で魅了してきたシンガーが、ノイズをかき鳴らし、叫ぶ。単純な希望では救われない、複雑化しすぎた世界の矛盾や混沌(こんとん)、悲しさを兵士Aを自らに憑依(ひょうい)させて、歌う。

 作品のパンフレットには、現役の自衛官がこう寄稿している。

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