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民主主義考
時代の正体〈350〉思想家・内田樹さんが語るEU(上)  不安が生む善悪二元論

社会 | 神奈川新聞 | 2016年7月6日(水) 16:16

内田樹さん
内田樹さん

 英国が国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた。議会制民主主義発祥の地で、歴史と伝統を重んじる英国に何が起きているのか。世界はいまどこへ向かおうとしているのか。思想家の内田樹さん(65)は「指導層が国家のあるべき姿、理念を語れなくなっている」と説く。

-国民投票の結果、英国のEU離脱が決まりました。

 「意外な結果でした。英国は保守的な国です。英国を代表する哲学者で『保守主義の父』として知られるエドマンド・バークが言うように、英国市民はこれまで『原理的な正否を問う』という選択の形式そのものを退けてきた。バークは『長年にわたって機能してきた社会システムを廃止する、うまくいく保証のない新システムを導入・構築するといった場合は、石橋をたたいて渡らない、を信条としなければならない』としていますが、その通り、本来急激な変化を嫌う国のはずなのです」

-「石橋をたたいて渡らない」国でなぜEU離脱という結果が。

 「第一報後すぐに、スコットランドや北アイルランドが『英国がEU離脱するなら、独立する』と言いだしました。国民投票に先立って、英国全体で国のこれからの在り方について十分な議論をしていなかったということです。ヨーロッパは、国民国家よりも早くにヨーロッパ共同体というアイデアが存在しました。16世紀のルネサンス期に誕生した『文芸共和国』は、ラテン語を共通語とする各国の学者や貴族たちが、国境の枠を超えて形成した知の共同体です。その根本にあるのは国益の追求という利己的レベルを超えた、ヨーロッパ諸国の相互扶助と文明の進化への寄与という考えです。20世紀、短い期間に2度の世界大戦があり、おびただしい数の死者を出した以上、ヨーロッパ諸国の共生というのは高邁(こうまい)な理念である以上に、喫緊の現実的課題となりました」


 -残留派は理念を語ったのでしょうか。

 「本来であれば、キャメロン首相はあるべきヨーロッパについての理念を語らなければならない立場でした。移民受け入れやEUへの支出供託金増加など現実的な困難はあるし、国家主権も制約されるけれど、グローバル化がここまで進行した以上、国民国家はもう閉じてはいられない。新しいグローバル共同体を基礎から制度設計するしかない。これからの英国のあり方と人類の未来について指南力のあるビジョンを語るのが指導者の責任でした」

 「ところが、キャメロン首相は理想を語る仕事を放棄し、『残留した方がどれだけ経済的利益があるか』と目先の銭金の話に終始して、英国民を利益誘導しようとした。転換期において統治者に求められるのは、見晴らしの良いビジョンであり、目先の銭金の話ではありません。現に指導層の人たちが、国家のあるべき姿、理念を語れなくなっている。離脱派の勝利ではなく、残留派の敗北です」

二極化



-英国の国民投票は、国論を二分してしまいました。

 「今回、富裕層・高学歴層が『残留』を求め、労働者階級や低学歴層が『離脱』を求めたという調査が公開されています。従来の中産階級は現行の社会システムからそれなりに安定的に受益しているわけですから、体制の劇的な変更は望まない。けれども中産階級が空洞化し、少数の富裕層と圧倒的多数の貧困層への分化が進むと、社会の変化を抑制する機能が劣化します。超富裕層は国民国家を超えた活動ができるので、自国の利益のために貢献したり、納税したりする意欲に乏しい。貧困層は劇的な変化による社会的上昇を願う。結果的に中産階級が没落すると、社会は安定性を失って液状化し始める。『単純な物語と劇的な変化』を願う人々が多数派を占めると、国民国家は危機的なまでに不安定になる」


 -不安定さが増大すると、どんな影響が。

 「私は反ユダヤ主義について長く研究してきました。ヨーロッパで反ユダヤ主義が激化したのは19世紀末。それまでの農耕中心の定常的な社会が産業革命の結果、一挙に都市化・近代化したせいで、市民たちはわが身に何が起きているのか理解できませんでした。この『先行き不透明感』を解消する一番簡単な方法は『これらの出来事をすべてコントロールして、そこから受益している単一の〈オーサー(支配者)〉が存在する』と信じることです。『今起きていることがすべて計画的、法則的なものであり、そこには見えざる秩序があってほしい』という切なる願いが生み出したのが『すべてを支配している地下組織』という妄想です。これは万象を神の摂理が整序しているという一神教信仰の倒錯的な形に他なりません。世界の混沌(こんとん)と見えるものは〈オーサー〉による秩序制定プロセスなのだと信じられる人は、つかの間の心の平安を手に入れることができる」

 「反ユダヤ主義に限らず、外国人排斥(ゼノフォビア)は、現実の急激な変化の意味を理解できない人たちがすがりついた『私が不幸なのは、私の不幸から受益している人がいるからだ』という信憑(しんぴょう)が生み出すものです。『すべての社会的変化を操作し、そこから受益している単一の社会集団が存在しているはずだ』『それは誰か、それをどうやって排斥するか』という形式でしか政治を考えられない人たちは、いつの時代にも、世界中どこにもいます。もちろん、いまの日本にも」

限 界



-現代の英国の不安は何でしょうか。

 「長期的なビジョンがないことだと思います。

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