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復興への道筋見えず 連鎖地震~熊本の教訓(7)

社会 | 神奈川新聞 | 2016年5月22日(日) 11:20

阿蘇大橋が崩落した土砂崩れ現場=14日、熊本県南阿蘇村(共同通信社ヘリから)
阿蘇大橋が崩落した土砂崩れ現場=14日、熊本県南阿蘇村(共同通信社ヘリから)

 熊本県南阿蘇村の避難所に身を寄せる被災者は、熊本地震で初めてわがまちの弱点に気付いた。「雨なら前もって準備できるが、地震はいきなり。同じ土砂災害でも分けて考えないと」(63歳の男性)、「山に囲まれているので土砂災害への意識はあった。でも、孤立なんて想像もしていなかった」(46歳の主婦)

 村のシンボルの阿蘇大橋が大規模な土砂崩れにのみ込まれてから1カ月余り。食料や日用品の不足は解消したものの、人々の喪失感は大きく、日々の暮らしに大きな影を落とす。迂回(うかい)が必要なため、麓の病院までの救急搬送に2時間を要したこともある。

 「今更ながら、山間部が抱える孤立のリスクに気付かされた」。自宅がぺしゃんこになった無職中原英行さん(67)が言葉を吐き出す。「東日本大震災の被災者はかわいそうだと思ったが、自分がそうなるとは。神も仏もないとはこのことだ」

 村民の脳裏に残るのはむしろ、震災翌年の2012年7月、熊本県を中心に30人以上が犠牲になった九州北部豪雨だ。猛烈な雨で南阿蘇村でも土石流が発生し、2人の命が奪われた。

 そうした経験や地域性から、村の防災計画も風水害対策に項目を割く。基本方針は風水害の次に火災、そして地震の順。そこには、こんな記述がある。「近年の本村における大きな地震災害の記録はない」

 防災を担う総務課の職員は包み隠さない。「1500人分の食料を備蓄していたが、本震後に2700人が避難し、すぐに底を突いた」。熊本市などと相互応援協定を結んではいたが、「阿蘇大橋やトンネルが崩落すると、対処のしようがない。地震直後は外部と連絡が取れず、停電や断水にもなる。正直、役場は機能しない」。

 地震による孤立の問題を浮き彫りにしたのは、04年の新潟県中越地震だった。南阿蘇村と被害様相は異なるが、山あいに集落が点在する旧山古志村(現長岡市)では土砂崩れで道路が寸断され、せき止められた川に決壊の恐れもあった。

 約2千の村民はヘリコプターで「全村避難」。合併を控えていた長岡市に仮設住宅が建ち、「帰ろう、山古志へ」を合言葉に3年で帰郷を果たしたものの、山古志地域の人口は10年余りでほぼ半減した。

 当時の教訓から、国が自治体に把握を求めた孤立の恐れがある農業集落は、13年度時点で全国に1万7226。このうち417の熊本県よりは少ないが、神奈川県内にも相模原、小田原、伊勢原、厚木、秦野、南足柄、山北、松田、愛川、清川の10市町村に計109集落あるとされた。

 伝えられる南阿蘇村の苦境に懸念を深める南足柄市矢倉沢・地蔵堂自治会の佐藤広理会長(63)は、地元の状況を重ね合わせる。「他地域へ通じる県道と林道が両方とも通れなくなるかもしれない。そのときは住民が支え合って生き延びるしかない」

 その後の生活再建、さらには復興の道筋をどう描くか。過疎化の進む南阿蘇村を離れ、隣の大津町で避難を続ける立野ヤイ子さん(80)の言葉が、その難しさをあぶり出す。「もう地元には帰れない。心残りはあるけれど、また土砂崩れで大変な目に遭うと思うと、村を出るしかない」

 =おわり

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