

目の前に広がる景色は、以前のそれとは確かに違って映っていた。5月3日、憲法記念日恒例の憲法集会。東京・有明の東京臨海広域防災公園を5万人の参加者が埋めていた。壇上でマイクの前に立ち、SEALDs(シールズ)の奥田愛基さん(23)はあらためて変化を実感していた。
「憲法集会の意味が変わってきたのだと思う。決まった人たちによる、決まったイベントではなく、いろんな人たちの間で『こんな時代だから、憲法集会に行くのもありだよね』と話題にされるようになっている」
思い思いのプラカードを手にした人たちが見える。会場を見渡し、確かめるように呼び掛けた。
「いつも思うんですけど座っている人も、ここで立ってしゃべっている人も、等しく同じ立場だと思うんです。一方的に聞いているのも、つらくないですか? 一言だけ言いたいんですけど、(コールを)返してもらってもいいです」
おなじみになったコールを叫んだ。
「憲法守れ!」
「戦争反対!」
「みんなの暮らしに税金使え!」
短く、力強い叫びがこだまし、辺りの空気は一変した。デモではなく集会だからコールはご法度だが、登壇者も聴衆も誰もが主人公であり主権者、これがシールズのスタイルだった。
1年前の憲法集会は横浜・臨港パークで行われていた。奥田さんが苦笑する。
「自分たちもデモをやりますとシールズのメンバーがチラシを配りに行ったら、ほとんど受け取ってもらえなかった。そればかりか、『勝手に配るなんて、若者は分かってない』と説教されたと、ふてくされて帰ってきた。若者は政治に関心がないと批判してきたくせに、と」
シールズはその憲法記念日に産声を上げた。夜に行われた発足イベントは東京・渋谷の雑居ビルにある、100人も入れば満員になるクラブが会場だった。
普通に政治について話せる社会にならなければ、との思いがあった奥田さんだが、このころすでに選挙を意識し、野党共闘についても語っていた。
「全野党に言いたい。主張をぶつけ合っている場合じゃない。小選挙区制度の中でどうすれば与党に太刀打ちできるのか真剣に考えるべきだ」
今年の憲法集会では民進党、共産党、社民党、生活の党の野党4党の党首が壇上に並び、7月の参院選での共闘を約束するように手をつなぎ、アピールする姿があった。
「一番変わったな、と感じる場面。『変わった』というか『変えさせた』という印象だけれど」
変えさせたのは昨夏、安全保障関連法案に反対する運動をきっかけに声を上げ始めた人たち。
「これまで不満や不安を声に出してこなかった人たちが動き、その危機感が可視化された。シールズみたいな大学生もそうだし、子育て中のママ、高校生もそう。野党はそれを無視できなくなっている」
動けば社会は変わる
この4月、奥田さんは参院選の前哨戦と目された衆院北海道5区補欠選挙の応援に飛んだ。野党統一候補が自民党公認候補と相対する初の選挙戦だった。
街頭でマイクを握り、選挙区を歩いて回って「明日は選挙です」と連呼して、チラシをポストへ入れていった。
結果は、自民党公認の新人和田義明氏が13万5842票、野党統一候補で無所属新人池田真紀氏が12万3517票。
接戦だったが、前回衆院選で旧民主党、共産党の各候補が獲得した票を合計した約12万票を積み増すことはできなかった。投票率も前回から微減の57・63%。「新たな投票者の獲得」や「自民支持層の切り崩し」には結び付かなかった。
奥田さんは「結果は結果。でも、今回初めて選挙を共に闘った市民がたくさんいた。こんなことができるんだと可能性を感じた人がたくさんいた」と前を向く。
実感を込めて言う。
「行動してきて思うのは、動けば社会は変わるということ。それは必ずしも『当選』とか『廃案』といった分かりやすい形ではないかもしれない。だから、いま問われているのは、『動けば思った以上に変わるけれど、一方で思った通りには変わらない』という、ある意味当たり前のことに耐えられるかどうか。でも、社会は少しずつ確実に変わるし、行動したことによって自分自身がどう変わったのかというのも大事。大切なことは挑戦と失敗を恐れないこと。変化を恐れないことではないか」
そもそも政治は国会の中だけにあるわけではない。
「だから現政権がやっていることに、自分はそうは思っていないと口にしていい。法律が通ってしまっても『それは間違っている』と言い続けていい。政府がそう言っているから、そう思わなければならないとしたら、違う考えを持っている人はしんどくないですか」
変化を恐れず、だから発語を恐れない。奥田さんの口調が確信めいていく。
「僕が何より驚いているのは、国会前に10万人が集まったことではなく、全国の地方都市の駅前で、プラカードを手にスタンディングしている人や数十人規模でデモが行われ始めたということ。1年前には信じられなかったことが起きている」
憲法集会のスピーチではだから、変わらぬ覚悟から語った。
「民主主義というものは、どうやら長い道のりのようであり、決して平たんな道ではないようです。ある種の戦いであり、挑戦であるようです」
「私たちが私たち自身の権利を主張し、それを行使し続ける事によって、すんでのところで民主主義を殺さずにいるともいえるのではないでしょうか」
「70年の不断の努力がこれを支えてきました。憲法に書かれている言葉は大昔の人の言葉でもないし、もう終わった言葉でもない。これはまぎれもない私、私たちの言葉なのです」
屈せず、流されず、私たちは私たちの力を信じられるか。
「今年は頑張りましょう!」
すがすがしい主体の表明が、人いきれでむせかえる会場に薫風のように吹き抜けた。