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岩手県山田町に帰郷した浦辺さん
転機・あの日から すれ違う故郷、それでも

社会 | 神奈川新聞 | 2016年5月1日(日) 02:00

被災地の今について熱っぽく語る浦辺さん=3月12日、横浜市神奈川区
被災地の今について熱っぽく語る浦辺さん=3月12日、横浜市神奈川区

 念願の帰郷から半年。長女の住む横浜での避難生活に区切りを付け、故郷の岩手県山田町に昨秋戻った浦辺利広さん(60)の目にはしかし、「復興」には程遠い厳しい現実ばかりが映る。生活再建の状況を巡って人々の思いはすれ違い、人口減に拍車が掛かる町の将来像も定まらない。それでも前へ進もうと、浦辺さんはもがき続けている。

 「いつもより本音の、グズグズした話を今日は聞いてもらいたい」

 東日本大震災6年目の第一歩を、4年半を過ごした横浜に刻んだ。3月12日、横浜駅西口のかながわ県民センター。小さな一室に集った約20人を前に語ったのは、これまでの講演で呼び掛けてきた自助の大切さとは違う、被災地の赤裸々な姿だった。

 津波にのまれた自宅兼店舗のあった海際の土地での再建を諦め、流される恐れのない高台に新たな住まいを求めた。昨年10月末に帰郷を果たし、なりわいだった遊漁船業の再開へ準備を進めるものの、地元の知人には、こう助言されたという。「家を建てたってことは、人に言わない方がいい」。理由は「ひがみ、やっかみがすごい」からだ。

 浦辺さん同様にどうにか自宅を再建できた人、自力再建を諦めて災害公営住宅に移る人、そして今なお仮設暮らしを余儀なくされている人。「町は二分、三分されている。はっきり言ってばらばらの状態」。会話をしても、「あんたはそれだけの被害で済んだんだろうけど、うちの方がもっとひどかった、っていう被災の自慢合戦になる。別に勝ち負けの話じゃないはずなんだけど」

 ある復興住宅を訪ねたとき、家人の女性がこぼした言葉が忘れられない。「とにかく寂しい」。部屋に上がらせてもらい、驚いた。「よくテレビでいう、ごみ屋敷」。その姿は「自分から動こうとせず、誰かの支援を待っているだけ」のように見え、情けなくなった。支えられることが当たり前になってしまった被災地の一側面を浮かび上がらせていた。

 行政主導のまちづくりにも不満を募らせる。「まちを造っているというより、みんなの税金を消却しているような感じ」。一部が完成しびっくりするぐらい高くなった防潮堤、進まぬかさ上げを待ち切れず、別の場所で営業を再開した商店主。「小さな町で小さな商店街が三つに分断されてしまう」。震災前はなかった食堂やラーメン店が次々とオープンし、今は工事関係者の需要で成り立っているが、「2、3年のうちに風前のともしびになるのではないか」との危惧も強い。「この5年は一体、何だったのか」

 ただ、暮らしを取り戻そうと模索を続ける人々の苦労や思いは分かる。「防潮堤でも、商店街でも、それぞれが正しいと思ってやっている。何が正しいのか、正しくないのか。答えなんてない」

 震災前は1万8千人を超えていた山田町の人口は1万6千人余りに減った。旧知の町職員は浦辺さんに、こう本音を明かした。「まちが元のような姿になるまでには、きっと30年はかかる。5年、10年のレベルじゃない」。思うに任せない復興の現実を目の当たりにしながら、手探りを続けていくしかないと覚悟を決めている。

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