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フォトジャーナリスト・安田菜津紀さん
時代の正体〈279〉安全保障法制考 戦火の苦しみから学べ

社会 | 神奈川新聞 | 2016年3月26日(土) 11:29

中東で耳にした現地の人たちの声を伝える安田さん=都内
中東で耳にした現地の人たちの声を伝える安田さん=都内

中東で耳にした現地の人たちの声を伝える安田さん=都内
中東で耳にした現地の人たちの声を伝える安田さん=都内

 集団的自衛権の行使を含む安全保障関連法が29日に施行される。戦後70年にわたって築かれた平和国家としての歩みが転換されようとしている今、中東でシリア難民の取材を続けるフォトジャーナリスト安田菜津紀さん(28)=横須賀市出身=は訴える。「戦火のひずみを受けた人々の現状から学ぶべきことがある」

幼い難民の死

 うつろな目が、今も脳裏に焼き付いている。2014年秋、ヨルダンの首都アンマンの病院で出会った5歳の男の子。内戦が続く隣国シリアから、母親とともに逃れてきていた。爆撃に巻き込まれたその小さな頭には、無数の手術痕があった。その名を呼んでも反応はなく、ただ宙の1点を見つめていた。

 彼を写真に収めた。その1枚を手渡すと、母親が声を上げて喜んだ。病室で横たわる写真は決して幸せな瞬間を切り取っていない。それでも、「着の身着のまま逃れてきた親子にとって、持ち出せる思い出の品はほとんどなかった」と安田さんは言う。


ヨルダンの首都アンマンの病院で出会った5歳の男の子(安田さん提供)
ヨルダンの首都アンマンの病院で出会った5歳の男の子(安田さん提供)

 帰国前、男の子がかすかに手を握りかえしてくれた、その温かな感触が今も手のひらに残る。「元気に走る姿を撮れる日は近いかもしれない」。希望を持って病院を後にした。しかし、ほどなくして容体が急変。男の子は息を引き取った。

 母親にとって、病室での写真がわが子を写す最後の1枚となった。争いごとで子の未来が奪われる理不尽。「戦争によって傷を負うのは誰か。そんな問いを突き付けられた」

希望なき未来

3年前から、シリア国境から15キロのヨルダン・ザータリ難民キャンプに足を運ぶ。就労もままならず、支給された食料を口にするだけの毎日。自分たちが社会に必要とされているという感覚を持てず、未来に希望をつなげずにいる難民の姿がそこにあった。

 あるシリア難民の男性がこぼした。「ここでは毎日死んだように生きなければならない。シリアに戻れば死ぬのは1回だ」。そうして、再び混乱が続く祖国に戻っていく。

「僕たちは駒」


 初めてシリアを訪れたのは8年前。息をのむほどの美しい町並みと、「ようこそ」と歓迎してくれる人の温かさに魅了された。この地が戦火にのみ込まれることなど、当時は想像できなかった。

 イラク人の友人から発せられた言葉が今も耳に残る。「戦争はチェスみたいなもので、僕たちは駒なんだ。駒ばかりが傷ついて、駒を動かす人は決して傷つかない」。イラク戦争の混乱でシリアに逃れたこの友人の故郷は今、過激派組織「イスラム国」の支配下に置かれている。

 「友人の言葉通り、戦争の影響を受けるのはいつも一般の人たち。たとえ目に見える戦火が収まっても、それは形を変えて彼ら彼女らを苦しめ続ける」。愛する故郷や家族との分断。武力がもたらす弊害を、安田さんが実感を込めて言う。

 社会の基盤がずたずたにされた中で、誰にそのひずみが向けられ、どれほど途方もない時間にわたって傷つけるか-。繰り返し報道されてきた安保法制の議論に、この視点が少ないと感じてきた。

 安田さんは憂う。「『戦争に巻き込まれたくない』『他国から攻撃されるのが怖い』との声はよく耳にするけれど『遠くの国で誰かの日常を奪ってしまうかもしれない』という声はあまり聞かない」

 目の前で妻と子どもが砲撃に巻き込まれた男性、自宅で受けた爆撃をはっきりと覚えている少女、「この子は故郷を知らないけれど、戦争も知らない。それが一つの救い」と語る1歳児の母。思いを至らせるのは、戦争によって何げない日々の暮らしを奪われたこうした人々だ。

日本への信頼


 「なぜ私があなたと握手をするか分かるか。それは、あなたの国がどこも攻撃をしないからだよ」。シリア難民が掛けてくれた言葉は、平和主義を積み重ねてきた日本への厚い信頼がにじんでいた。その国が今、海外で武力が使える国へと道を開こうとしている。

 「武力に走るということは、相手を理解する道を断つこと。一度憎しみの対象として見られ、崩れてしまった信頼は容易に修復できない」。それは、武力と一体に見られるリスクを負うことが、この国の賢い選択なのか、との問い掛けでもある。

 「いつか自分の国も、日本のようになってほしい」。中東で頻繁に耳にしたのは、原子力爆弾の被害を受けながらも発展を遂げた日本への憧れの声だった。「果たして、彼らに誇れるような日本であるだろうか」

 
 

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