1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 時代の正体〈272〉原発事故6年目母たちの思い 自主避難展望描けず

時代の正体〈272〉原発事故6年目母たちの思い 自主避難展望描けず

社会 | 神奈川新聞 | 2016年3月18日(金) 12:00

原発事故から避難した母親たちが思いを語ったシンポジウム=10日、横浜市中区
原発事故から避難した母親たちが思いを語ったシンポジウム=10日、横浜市中区

 東京電力福島第1原発事故後、意を決して福島を離れた人たちにとって重苦しい避難6年目の日々が始まった。自主避難者の家賃を全額補助する支援が来年3月で打ち切られることが決まっているためだ。子どもの健康を守りたいとわが家を離れたのに、被ばくの不安が残る福島へ戻らなければならなくなるのか。10日に行われたシンポジウムで母親たちは苦しい胸の内を語った。

 横浜市内で開かれたシンポジウム「フクシマ原発事故から5年 避難者の日々、被害の実相」。福島県いわき市から横浜に避難した佐藤洋子さん=仮名=は避難を続けるか、帰還するかで揺れ続けた5年間を振り返った。

 「帰りたい、やっぱり難しいという両方の思い。子どもに健康被害があったら大変だからしばらくは帰れない。でも子どもたちや福島の知人からは帰るのか、帰らないのか、ずっと聞かれ続けた」

 3月15日、原発が爆発している映像をテレビで見て、夫と3人の子どもとともに避難した。「のどに痛みを感じ、横浜にたどり着くと子どもが大量の鼻血を出した。放射性物質の影響かどうかは分からないが、不安になった」

 国は福島第1原発から20キロ圏の住民に避難指示を出した。30~60キロ圏のいわき市は対象にならず、佐藤さんは自主避難者となった。「国が避難しなくていいといったのに、勝手に逃げてきた人たちと言われ続けてきた」

 2人の子どもといわき市から避難し、やはり自主避難者として都内で暮らす田中さつきさん=仮名=は、大量の放射性物質が飛散した3月15日、給水車の前で4時間並んでいたことを後悔し続けている。危険性についての情報がなく、「安全だ」と誰に聞いたかも分からない言葉をうのみにした。「子どもが尋常ではない量の鼻血を出し始め、避難を決意した」と振り返る。

 「慣れぬ都会暮らしに『帰りたい』と泣く子を抱きしめ、ごめんねとしか言えなかった。弱音を吐けないのは、自主避難だから」とうつむく。

 避難直後に掛けられた、心ない言葉を今も忘れない。

 「街を捨てるのか、親を捨てるのか」「いわきに放射能はないだろう。早く帰れ」「金目当てか。あさましい」

 だが、「子どもの命や健康のためには、負けられない」と顔を上げる。

ぬぐえぬ不安


 避難区域ではないのに、なぜ避難をしたのか。シンポジウムで登壇した4人は「子どもを犠牲にしたくなかったから」と口をそろえる。それぞれ事情は異なるが、感じていたのは内部被ばくへの不安。体外から放射線を浴びる外部被ばくに対し、体内に取り込んだほこりや飲食物から被ばくする内部被ばくは健康への影響がより大きい。子どもは放射線の影響を受けやすく、背も低いため地表に降り積もる放射性物質を吸引しやすい。

 佐藤さんは言う。「一番汚れているのは土。乾燥して舞い上がると、吸い込んでしまう。昨年12月、いわき市内の家庭で使われている掃除機のごみを民間団体が調べると、高い値の放射性物質が検出された。屋内でも不安は尽きない」

 原発から約60キロ離れた避難区域外の大玉村から相模原市内の実家に身を寄せる鹿目(かのめ)久美さん(48)は「福島県内で子どもを育てる自信がなくなった」と語る。

 「事故直後、当時4歳の長女は鼻血を出し、かぜの症状はなくても熱が続き、皮膚疾患もあった」。国は「ただちに健康に影響はない」と繰り返したが、「ただちに」という言葉に引っ掛かりを覚えた。「子どもの身に何かあったら、私はどう責任を取ればよいのか」と夫を残し、わが家を後にした。

 やはり事故のことを知らずに長女と長時間外出し、被ばくをさせてしまったという悔いが胸の奥底にとどまり続ける。放射線量が低くなったとしても、これ以上の被ばくは避けたいと避難を続ける。

断たれる命綱


 自主避難者の命綱となってきた住宅の無償提供は、来年3月で打ち切られようとしている。いわき市から避難し、2人の子どもと埼玉県内で暮らす河井加緒理さん(34)は憤る。

 「1年後の自分がどうしているのかが、思い描けない。毎年、1年後の打ち切りにおびえてきた。最初から期限を伝えられれば、覚悟もできるが、1年ずつ延長されてきた。自分のせいなら仕方がない。何も悪くないのに、なぜ追い出されなければならないのか」

 6年目を迎える避難生活で困難だと感じることついて問われ、鹿目さんは答えた。

 「シンポジウムに参加している4人の母親は事故前、普通の生活を送っていて、人の前で講演することなんてなかった。だが、避難生活を続けるには頑張り続けないといけない現状がある。肩の力を抜く場所がなく、それがつらい」

不均等な復興に警鐘
大阪市立大学教授が講演



 大阪市立大学の除(よけ)本(もと)理(まさ)史(ふみ)教授が講演し、国の復興政策の問題点を指摘した。

 政府は福島復興の柱として、放射性物質の除染やインフラ整備といった大規模な公共事業を行っている。こうした復興政策の恩恵を受け、生活を再建できる人はいいが、そうでない人がいるのも確か。結果、復興が不均等になってしまっている。

 なぜか。例えば、産業の分野別にみると、建設業や飲食業は再開率が高い。公共事業で多くの人が集まっているからだ。

 一方、小売業のように顔見知りの住民を相手にしてきた業界は再開率が低い。住民の帰還が進んでいないことが要因といえる。業種ごとに、うまくいっている人とうまくいかない人で、地域が分断される。政策が実態に必ずしも合っていないためだ。

 賠償も分断を生み出している。被害が重い人には手厚く賠償されるべきだが、そうはなっていない。(放射性物質による汚染被害はまだらなのに)原発からの距離で近いほど賠償額が多い仕組みになっている。被害が少なくても、距離が近ければ賠償が多額になる。

 個人が抱える事情はそれぞれ異なる。避難を続けたい人も、帰還したい人もいる。放射能被害に不安を抱く人も、抱かない人もいる。帰還する人だけを支援するようなやり方ではなく、それぞれの意志決定を尊重し、支えていくことが大切になる。

 住民の6割が帰還している川内村をみると、仕事が少ないため、戻れるのは退職者か、自営業者、役場の職員が中心となっている。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら

復興支援に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング