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女性自身
希望の光を…「石巻日日新聞」が住民を励まし続けた5年間

社会 | 神奈川新聞 | 2016年3月11日(金) 10:05

(写真:女性自身)
(写真:女性自身)

 「この川の防波堤を、見ていただきたかったんです」

 朝7時半。自宅のある宮城県東松島市から、石巻市内の職場に向かう途中、『石巻日日新聞』の記者・外処健一さん(42)はこう言って車を止めた。

 「5年前の東日本大震災で、石巻市の被害が大きくなった要因の1つが“川津波”といわれてます。海からの津波が遡り、この定川の堤を破壊して内陸部にまで押し寄せたんです。そのため、海沿いだけでなく、川沿いにもコンクリートの堤防を造っています。高さは3メートルほど。そのかわり、ご覧のように川はまったく見えなくなりました」

 しばらくの間、白いコンクリートの塊を恨めしそうに眺めていた外処さんは「さ、もう行きましょう。うちは夕刊紙、午前中が勝負です」と自分に言い聞かせるように、車を再び発進させた。外処さんが記者を務める石巻日日新聞は石巻市、東松島市、女川町の2市1町をエリアとする夕刊専門の地域紙。

 同紙が脚光を浴びたのは震災直後のこと。津波で輪転機が水没して通常の新聞が発行できなくなっても、翌日には模造紙にペンで手書きした壁新聞を作り、地域の人々が本当に求めている情報を発信し続けた。その報道姿勢に世界中のメディアが注目した。

 本誌も、震災20日後に同紙報道部を訪ねた。壊滅状態の町に出て情報を集め、天井から蛍光灯が落下したままの机で新聞作りを続けた記者たちの奮闘を記事にした。そのとき取材させてもらった1人が外処さんだった。

 この日、報道部ではデスクの平井美智子さん(55)が、全国紙の取材を受けていた。平井さんは、「やっぱり5年目ということで、私たちが取材を受ける機会も増えています」といって1つ、小さなため息をついた。

 「震災から半年が過ぎ、1年が過ぎ、その後は3年、5年、次は10年目でしょうか。県外の方たちは『節目、節目』と言いますが、ここに住んでいる限り、節目なんてないんですよ。毎日毎日、震災からどう生きていくかを考え、そのなかで月日が流れていくだけ。ここでは『震災』と書けば『東日本大震災』です。『あの日』と書くだけで『3月11日』と誰もがわかるんです」

 平井さんが「あの日以降、どんな記事も震災絡み」という石巻日日新聞の日常。町を歩く記者たちの耳目に飛び込んでくるのは、華々しい復興の物語ばかりではない。

 「いま、問題視されているのは復興格差。たとえば仮設住宅です。震災後、石巻市では仮設で避難生活を送った人は約3万2千人といわれていました。それが5年たったいまは約1万6千人になりました」

 およそ半数の人が、自立再建できたことになるが……。

 「石巻市の人口は14万9千人。その1割強もの人たちが、いまだ仮設暮らしなんです。5年たってこれか、と思うと、仮設がゼロになる日は果たしていつくるのか。絶望的な気持ちになります」

 平井さんいわく「残るのは独居の高齢者が多い」という。

 「家を建てる経済力もない。仮設は無料でしたが、公営住宅に移れば家賃も発生します。行政は自立を促しますが、現実問題として自立したくてもできない人もいるんです」

 また、現実から目を背け、お酒に逃げる人も少なくないそうだ。確かに町でアルコール依存症防止の啓発チラシをあちこちで目にした。さらに「人口も減っている」と平井さん。

 「震災後、1万人近くもの人が石巻を出ました。多くは子どものいる家庭で教育環境を考えての転出が多い。未来のための町づくりをしているなか、その未来を担う若い世代がどんどん減っています」

 だが、いっぽうで県外のボランティアが孤立した人々をつなぐ動きも見えてきた。地域を歩き、自分の目と耳で確かめた情報は、いまでも震災の爪痕に苦しむ住民の力になっている。

 「記者が地域に入って、住民一人ひとりの不安やニーズを聞き取るような取材活動も必要になってくるでしょう。また、それができるのも、地域紙の強みだと思います」(平井さん)

 復興の現実の厳しさに押しつぶされそうになりながら、それでも希望の光を見つけ出そうと、今日も記者たちは、丹念に町を歩き続ける。【女性自身】

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