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安倍政権の矛盾と屈折
時代の正体〈248〉改憲(上)木村草太さん

社会 | 神奈川新聞 | 2016年1月24日(日) 02:00

首都大学東京准教授の木村草太さん
首都大学東京准教授の木村草太さん

 憲法改正について年頭会見で「参院選でしっかりと訴える」と争点に掲げた安倍晋三首相は、数日後の報道番組では「発議に必要な3分の2議席を目指す」と明言してみせた。だが気鋭の憲法学者はどこか鼻白んでいた。首都大学東京准教授の木村草太さんは「犯罪者が刑法を改正しろと言っているようなもの」と切り捨てる。今夏の参院選の結果次第では現実味を帯びる「改憲」。公布から70年を迎えるこの国の最高法規は、いま岐路にある。

 権力は常に腐敗し、暴走する。この歴史的経験から、権力を憲法で縛るのが立憲主義。その憲法を、権力者の側が「変えたい、変えたい」と口にする政権の姿に倒錯をみる。

 「政治家というのは憲法による拘束を受ける側ですから、こうした動きは、警戒しなければならない」。木村さんは、淡々と安倍政権の改憲思想の矛盾と屈折を分析し始めた。

場当たり的な改憲提案

 安倍政権が試みてきた改憲への経緯を俯瞰(ふかん)すると、現在の主張の場当たりぶりが浮かび上がる。まず「9条改正」を提案しようと考えた。が、発議できたとしても国民投票で過半数を獲得するのは極めて困難と判断し見送った。

 次に持ち出したのが「96条改正」だ。改憲発議の条件である「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」を過半数に緩和しようと動いた。「ところがこれが、思わぬ反発を受けてしまった」

 改憲派とされてきた小林節慶応大名誉教授から「裏口入学」と指弾され、憲法学界の権威とされる重鎮たちが「96条の会」を立ち上げ、一斉に反対ののろしを上げた。そこであっさり96条改正の道を諦めた。

 その後に「環境権条項」を提案しようとしたが公明党からはねつけられ引っ込めた。「環境権は開発を止める権利だから喜ぶ人はたくさんいるでしょう。だが自民公明与党の政策には必ずしも合致しているわけではない。例えば原発再稼働にもかなりのインパクトを持ちうる。結局、これは政権にとって危ないと気付いた」

 そこで残ったのが、緊急事態条項。「片っ端から挙げていって、いま緊急事態条項とみた方がいい」。政権が声高に掲げる改憲論議に木村さんが興ざめするのは、その場当たり的やり方ゆえだ。

 「政権はこれまで常に『これなら大丈夫だろう』と思って提案している。非常に無邪気で、そこに理念や政策的理想はない。確かにいま世論調査をすれば緊急事態条項が一番賛同を得られやすいだろう。だが、現実には議論が進めば進むほどに反対意見が増え、これもつぶれるのではないだろうか」

 なんとしても実現したい政策があり、解決のために法改正しても違憲になる。憲法の条項に不都合があるから改憲が必要、という本来あるべき思考過程がそこには感じられない。

 「順番が完全に逆なのです。安倍政権はまず『憲法を変えたい』という出発点に立ち、『変えられるところはどこだろうか』と探している。非常に不合理であり、普通はやらない」


首都大学東京准教授の木村草太さん
首都大学東京准教授の木村草太さん

「現行憲法を侮辱」

 権力に対して謙虚でいられず、より強大化するかのような政権に、木村さんは深い思慮や政治思想を見いだせないでいる。

 「自民党の改憲草案に関わった議員に危険性を指摘しても『特に意味はない』と答える。やりたい政策はなく、些細(ささい)な文言でもいいから変えたいという思いしかない」

 木村さんがそこに見いだしたのは「つまり日本国憲法を侮辱したい。おとしめたいという気持ち」だ。

 背景にあるのはいわゆる「押し付け憲法論」。明治憲法の改正に消極的だった日本政府に対し、連合国軍総司令部(GHQ)の民政局作成のマッカーサー草案を示し、それを下敷きに「帝国憲法改正案」ができた経過をもって「押しつけられた」とする。

 ところが実際は、同改正案は帝国議会で十分に審議され、一部修正も加えられて可決成立し、日本国憲法となっている。改憲の本質的根拠としては極めて希薄である。木村さんはむしろ政策的必要性や国民の側から改憲論議が始まるべきだ、と考える。


首都大学東京准教授の木村草太さん
首都大学東京准教授の木村草太さん

攻撃される「民主主義のシステム」

 若き憲法学者の目に、いまの政権は自己目的化した「改憲」をターゲットに、意図的に視野を狭め猛進していると映る。衆院ではすでに自民公明だけで発議条件の3分の2の議席を持つ。今夏の参院選で改憲派が3分の2を握れば「非常に不合理な改憲」提案が国民投票にかけられる。

 憲法改正が現実に差し迫っているかのようだが、木村さんの見立ては違う。

 集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行われた2014年7月以降や、それを踏まえた安全保障関連法が閣議決定された15年5月以降の世論の動きだ。

 「時間が経過し情報が共有され、議論が重ねられると、いずれも反対の方が多くなっていった。相当異常な文言になっている安保法制が成立してしまったのは、改正手続きが国会だけでなしうる法律だったからだ」と捉える。

 それゆえ「改憲を食い止める方法は日本社会が持っている民主主義のシステム、つまり表現の自由や報道の自由がきちんと機能するか、というところにかかっている。そして政権はそこを攻撃してくる」

 圧力は既に、着々と始まっている。15年4月には自民党の情報通信戦略調査会が、テレビ朝日とNHKの局幹部を呼び出した。衆院選を前にした14年末には、NHKと在京民放テレビ局に対し、選挙報道の公平中立などを求める要望書を渡した。

 そうした攻撃にあらがうのか、屈するのか。「そこが問われている」

改憲(下)木村草太さん「緊急事態条項」内在する不合理と危険

【自民党憲法改正草案による「改憲の理由」の概要】

 
 

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