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【記者の視点】報道部デスク・石橋学
時代の正体〈237〉せめぎ合うために言う

社会 | 神奈川新聞 | 2016年1月1日(金) 10:30

安保法制に反対するために国会前へ集まった人々=9月15日
安保法制に反対するために国会前へ集まった人々=9月15日

 電話口の声はだるそうだった。

 「ああ、その話ですか。わざわざ取材するほどのことなんですかね」

 話が聞きたいと切り出すや、開口一番で返ってきた言葉。事を小さく収めるため機先を制したいのか、自分のしたことの重みに本当に思い至らないのか、あるいは、そう言えば記事を書くのをやめるとでも考えたのか。私は言わねばならなかった。

 「それを判断するのはあなたではありませんよ。私が必要だと思うから取材しているんです」

印象操作の意図

 電話の相手、大和市の井上貢市議(45)=自民党・新政クラブ=が「安保関連法に反対するママの会@大和・綾瀬」を中傷する発言をインターネット上でしたのは1カ月前の12月上旬のことだった。

 ママの会は安全保障関連法の廃止を求める意見書を国に提出するよう、大和市議会に陳情していた。趣旨についてメンバーの1人が意見陳述に立ち、仲間2人が傍聴席から見守った。井上氏はその様子を友人である綾瀬市議のフェイスブックのコメント欄に書き込んだ。

 〈傍聴者、真っ赤だったけどね〉

 二重の意味で問題があった。「アカ」とは共産党をおとしめ、弾圧するために用いられてきた言葉であり、そもそもママの会はどの政党を支持しているのかにかかわらず個々人が参加している市民団体であり、事実にも反する。

 抗議を受けた井上氏は郵送した文書で「不快な思いを与えてしまったことについて、おわび申し上げます」などと回答した。だが、それを謝罪の言葉として額面通り受け取ることはできなかった。なぜなら、抗議を受けた後も井上氏はブログに次のような書き込みをしていたからだ。

 〈差別なの?友人に分かりやすく伝わる言葉だし、事実じゃないの?〉

 〈少なくとも俺にはそう見えた〉

 誤りだと指摘されてなお「アカ」だと言い張り、ネットで発信する。安保関連法の反対運動は一部の特殊な人たちがやっているのだという印象を植え付け、広めたい意図をそこに読み取ることができる。

 取材に対し、井上氏は発言の撤回はしないとも明言した。「ネット上で削除したから」。違う。なすべきは、どのような発言がどう違っていたのか公に説明した上で撤回することだ。自ら流したデマを打ち消す責任が政治家としてある。

 井上氏はしかし、「文書で回答したから」と繰り返し、ママの会が求める面会にも応じない考えを示した。私はそこに誠実さを欠いているという以上の、さげすみの思想を見る。

錯誤はどちらか

 事実はどうあれ、反対している人たちはみな「アカ」とみなし、追いやる。背景に透ける傲慢(ごうまん)と独善。異なる意見、少数の意見の排斥はやがて、人と違う意見を持つことを悪とする空気をも醸成してゆく。

 不穏なものを感じたのは大和市議会定例会の最終日でのことだ。ママの会が提出した陳情の採択が行われた。安保関連法廃止の意見書を国に出すよう求めた陳情は形式上の反対討論さえ行われず、賛成少数で否決された。

 そのとき、傍聴席から声が飛んだ。

 「大和市議会は数の力で採択するんですか」

 議場の市議たちが一斉に振り返る。保守系議員が議長席に向かって身ぶりで「早くやめさせろ」「つまみ出せ」と命じている。まなざしに宿るあからさまな嫌悪と敵意。

 議長が「静粛にお願いします」と制するも、初老の男性は構わず声を張った。

 「私は国会の中継を見て、議会のルールは無視してよいのだと学びました。だから私も議会のルールを無視して発言しています」

 強行採決の果てに安保関連法を成立させた安倍政権の振る舞いを指していた。事務方の職員が会則なのかペーパーを指し示し、議長に読み上げるよう促す。

 「傍聴の方に申し上げます。注意に従わない場合は退場を命じます」

 男性は国会審議で「早く質問しろよ」などとやじを飛ばした安倍晋三首相を引き合いに出した。

 「私は安倍さんに自席発言をしても構わないと学びました。総理大臣が自席発言をして怒られないで、なぜ私が注意を受けなければならないのですか」

 傍聴席まで駆け上がってきた職員に促され、男性は静かに席を立った。議長は何事もなかったかのように「議事を再開します」と告げ、そのとき「錯誤しているのはどちらの側か」という異議は議場のどこからも上がらなかった。

語りを諦めない

 男性はいま、声を上げずにはいられない、という。地元の駅頭で毎朝、一人プラカードを手に立ち、安保関連法反対をアピールする活動を続ける。「政治の雲行きが怪しいと思い始めたのは、特定秘密保護法が成立したころからです」。言論・思想弾圧に用いられた旧治安維持法に重なる秘密保護法。反対世論を押し切って安保関連法が成立するに至り、このまま黙っていては多くの多様な声が切り捨てられる一方だ、と感じた。

 戦場に行くことになるかもしれぬ若者にこそ問題を知ってもらいたいと県立高校の近くの路上に立った。ほどなく教員が5、6人集まってきた。声を掛けてくるでもなく、遠巻きに眺めていた。「不審者と思われたのだろう」

 次にやって来たのは警察官だった。「『ここに立っているのは迷惑だ』と言われました。それで駅前に場所を移したのです」

 プラカードを持っているだけで何の迷惑になるというのか。何より一体誰が警察に通報したのか。

 張り詰めた空気を感じているのはママの会を立ち上げた大和市の母親(42)もそうだった。「在日米海軍厚木基地があり、自衛隊がいて、経済再生大臣である甘利明さんのお膝元で、とても保守的な土地柄。家のベランダから『アベ政治を許さない』というプラカードを掲げるにあたっては村八分になるかもしれないと覚悟しました」

対立をいとわず

 異論を封じる空気にお墨付きを与え、地方議会から暮らしの隅々にまで運んでいるのは安倍首相、その人であろう。

 「われわれが提出する法律についての説明はまったく正しいと思いますよ。私は総理大臣

 
 

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