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刻む2015(12)坂本弁護士一家 遺体発見20年 若き弁護士 残した足跡

社会 | 神奈川新聞 | 2015年12月26日(土) 11:52


仲間とともに歌声を響かせる岡本さん(左端)と岡田さん(左から3人目)=13日午後、横浜市西区の市従会館
仲間とともに歌声を響かせる岡本さん(左端)と岡田さん(左から3人目)=13日午後、横浜市西区の市従会館

 年の瀬が迫る日曜午後。横浜・桜木町駅近くにある会館のホールに、息の合ったハーモニーが響いた。

 〈人間として労働者として恥ずかしくない生き方をしたい〉
 歌詞を書いたのは弁護士の岡田尚さん(70)。国鉄の分割民営化に端を発した29年前の「事件」で逮捕された労働者を励ますために作った歌だ。この日、事件の支援者らが久しぶりに集い、歌声を披露した。

 集会の冒頭であいさつした岡田さんは、会場にはいない一人の後輩の名を挙げて当時を振り返った。

 「事件で無実を証明する証拠を見つけたのは、坂本さんだったんです」

 オウム真理教の教団幹部に妻子もろとも殺害された、坂本堤弁護士。わずか2年7カ月間の弁護士活動の中で、最も長く関わったのがこの事件だった。


 事件は1986年11月、横浜市西区の国鉄横浜貨車区人材活用センターで起きた。国鉄の分割民営化に当たり、当局と労働組合が激しく対立する中、組合員5人が管理者の助役にけがを負わせたとして逮捕された。5人は無罪を主張したが、検察は公務執行妨害罪などで3人を起訴。やりとりをひそかに録音したマイクロカセットテープ1本が、証拠提出された。

 岡田さんは振り返る。「テープを聞くと『やめろよ』などの声が入っている。あぁ、これは有罪かと思った」

 不利な状況下でテープの不審点に気付いたのは、バッジを着けたばかりの坂本弁護士だった。再生を続けると、裏面に奇妙な音声が録音されていた。「これは何だ」。3人と一緒に逮捕され、不起訴となった岡本明男さん(64)も一緒に聞いた。「助役の声だよ」。会話は管理者が組合員を挑発して事件を起こさせようとする「策謀」。事件の流れを大きく変えた瞬間だった。

 テープは雑音が多く分析は難航したが、ほかにも助役の証言と一致しない点が判明。ようやく作業が終わった89年11月、坂本弁護士は横浜市磯子区の自宅で教団幹部に襲われた。

 3年半後の93年5月、横浜地裁で3人に無罪が言い渡され、判決は1審で確定。だが、歓喜の輪にもその姿はなかった。


 「テープは無罪を勝ち取る材料の一つになった。坂本さんのおかげだ」。元被告の金井四朗さん(76)は集会でこう振り返り、教団に突然命を奪われた無念さをかみしめる。

 歌声の輪に加わった岡本さんも、当時を思い起こしていた。88年10月、事件を世間に訴えようと作った冊子の完成パーティー。同じ会場で逮捕の不当性を報告したのが、坂本弁護士だった。岡本さんの出身地の新潟で開いた集会にも駆け付けてくれ、「毎日不安で必死だったが、優しさに励まされた」と。

 事件で懲戒免職となった5人は復職を求めた民事訴訟も起こし、2004年に復職。5人の中で最も若かった岡本さんも、間もなく定年退職を迎える。

 「今も労使間の紛争は続き、すべてが思うような結果を得られているわけではない。ただ、われわれが声を上げたことで、前進した部分もあると思う」

 働く場を求めた戦いを支えた若き弁護士との出会い。そこで得た経験こそが、今につながっていると信じている。


■多様性認めぬ先の悲劇

 坂本堤弁護士一家の遺体発見から20年の節目を迎えた9月、一家3人が埋められていた現場を救出活動にあたった弁護士とともに巡った。人里離れた林道を進む車内で、法廷でのある証言を思い出していた。

 「殺人までするとは思わず、動揺した」。現場訪問の1年半前、入信2カ月で一家殺害に関わったオウム真理教元幹部の中川智正死刑囚(53)が、東京地裁で語った言葉だ。長期逃走後に捕まった元信者の裁判に証人出廷した中川死刑囚の姿は、ついたて越しで見えない。ただ、ため息を漏らしながらも語るその声に、偽りは感じられなかった。

 では、目の前にある山奥の光景は何なのか。坂本弁護士の遺体が見つかった新潟県の大毛無山。普段は立ち入りが制限され、時間が止まったままのような、あまりにさみしい場所だ。「動揺」とは結びつかない事件の凄惨(せいさん)さに、胸が締め付けられた。

 医師として、一時は命を救う現場に身を置いた中川死刑囚。弱い立場の人たちと共にあろうとした坂本弁護士。法廷で中川死刑囚は、教団にいた当時の自分を「一種の精神疾患だったのでは」と分析した。だが、共通点さえ見いだせる両者を隔てたのはそれだけだろうか。

 同僚の小島周一弁護士(60)は言う。「オウムに入信した若い人たちの『世の中をよくしたい』という気持ちにうそはなかったと思う。でも、価値観の多様性が失われると、周りが見えなくなりブレーキが失われてしまう。オウムと坂本の違いはそこだ」

 遺体発見から20年がたつ今でも、横浜で裁判の取材をしていると、ふとした場面で坂本弁護士の足跡に出合うことがある。逮捕、勾留を味わいながらも復職を果たし定年を迎えられる人の喜びに触れ、あらためてその情熱的な仕事ぶりが浮かび上がった。

 人を大切にした弁護士の姿と、一家3人の命が奪われた事件の落差を知るほど、残された教訓を伝え続けていかなくてはと感じている。

坂本弁護士一家殺害事件 オウム真理教がまだほとんど知られていなかった1989年11月4日未明、その反社会性に気づいて信者脱会支援などに取り組んでいた坂本堤弁護士=当時(33)=が、妻都子さん=同(29)、長男龍彦ちゃん=同(1)=とともに横浜市磯子区の自宅アパートで殺害された。

 地下鉄サリン事件などを経て5年10カ月後の95年9月6日、坂本さんが新潟県大毛無山で、都子さんは富山県僧ケ岳で遺体で発見された。龍彦ちゃんは4日後に長野県の湿地帯で見つかった。

 確定判決によると、一家殺害は坂本さんの活動を排除するため教祖の松本智津夫死刑囚(教祖名麻原彰晃)が指示し、教団幹部ら6人が実行した。後に刺殺された1人を除く5人全員の死刑判決が確定している。


坂本弁護士一家。左から坂本堤弁護士、長男の龍彦ちゃん、妻の都子さん
坂本弁護士一家。左から坂本堤弁護士、長男の龍彦ちゃん、妻の都子さん

坂本弁護士一家の遺体発見場所
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