6月、走行中の東海道新幹線の車内で男がガソリンをかぶり、焼身自殺した。新幹線の1964年開業以来、初の列車火災となった事件は、死者2人と28人の負傷者を出した。過去の火災事故で得た教訓から導いた対応が見られたものの、安全策に「完全」はない。鉄道事業者も乗客も安全確保の当事者という認識の共有を忘れずにいたい。
72年の教訓
「逃げろ」という声が聞こえた。ガソリンのにおいがした。ずぶぬれの男が前に立っている。
「火を付けるつもりだ」。1号車に偶然居合わせた都内の男性会社員(43)はとっさに後方へ逃げた。「振り返ったら、オレンジ色の炎が天井まで」。背負ったかばんは黒く焦げていた。
800人以上を乗せた新幹線は時速約250キロで、トンネルの続く新横浜-小田原間を走っていた。午前11時半ごろ、運転席で非常ブザーが鳴り響いた。運転士(32)が列車にブレーキをかけている途中、爆発音がした。
車掌3人は火災の起きた車両から離れた車両へ乗客を誘導。運転士はトンネルを出たところで列車を止めた。煙の充満による一酸化炭素中毒などで30人の死者と714人の負傷者が出た72年の旧国鉄北陸トンネル火災の教訓に基づくものだ。